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奶茶さん

奶茶naicha/読んだ後に、少し優しくなれるような小説を書きたいです。 Twitter:@xiaohaimei_jac

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ピースオブケイク

17/05/01 コンテスト(テーマ):第133回 時空モノガタリ文学賞 【 スイーツ 】 コメント:0件 奶茶 閲覧数:366

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「華さん」
なんて甘ったるい響きだろう。
少し掠れた、いつもよりも半オクターブ低い声に振り返ると、ティーポットを持った彼が、こっちを見て佇んでいる。そのがっしりとした、骨太な身体に不釣合いな様に、思わず笑みがこぼれる。
「ダージリンにする?それともアールグレイ?」
「んー、アールグレイお願いします」
「わかった、ちょっと待ってね」
彼の口からダージリンとかアールグレイとか、そんな名前が出てくるようになったのはいつからだっただろう。毎週土曜日のお昼過ぎ、彼が淹れてくれる紅茶を飲みながら過ごすこの時間が好きだ。それは空気のように、いつしか私たちの習慣になったけれど、その甘ったるい空間ったら何にも代え難い。
「今回は少し濃くなっちゃったかも」
「大丈夫、いつも美味しいし」
「いやいや、まだ修行が足りないよ」
彼は少し困った笑いを浮かべる。修行だなんて、紅茶とは不釣合いな言葉だけれど彼らしい。コポコポと音を立てながら注がれる、アールグレイのベルガモットの香りが鼻をくすぐる。
「いただきます」
私がティーカップに口を付けると同時に、やっぱり濃いでしょとばかりにこちらに目配せする。
「美味しいよ」
「本当?」
「うん」
少し安堵した表情で、彼もティーカップに口を付ける。
「やっぱり、少し濃いな」
「そう?私はこのくらいが好きだけど」
「良かった、でも次はもっと美味しく淹れるよ」
きっと彼は来週も、そしてその次の週もそうやって言うんだろう。そういう人だ。
「ストイックよね」
「え?」
「ううん、何でも」
そういう所も好き、と続けようとしたけれどやっぱりやめた。
「あのとき一緒に買ってくれば良かった」
「駅前のケーキ屋さん?」
「うん、あのアップルパイ。やっぱり紅茶っていったらスイーツだよね」
「そうだね、また今度行ってみよう」
「よーし、来週行こう」
「はいはい」
可愛い人だなと思う。今日一緒に買ったお揃いのティーカップが、より鮮やかに映る。
「たぶん、すごい甘いよ」
「ん?」
「甘すぎるなぁ」
「アップルパイ?」
「いや、今がね」
「どういうこと?」
彼に尋ねるも、なんだか恥ずかしくなってティーカップに目を落とす。
「テーブルを挟んで淹れた紅茶を飲む、美味しいとかなんとか言い合いながらさ。今まで僕は、特別な時間...非日常を感じれる空間だけが幸せなんだと思っていたよ。でもそうじゃないんだって、華さんと紅茶が教えてくれたのさ」
彼にとっては珍しく饒舌に話すもんだから、紅茶にアルコールでも入ってるんじゃないかと思うくらい。
「そういえば、甘いものは嫌いなんじゃなかった?」
「うん、前はね。でも今は好きだよ、紅茶ともよく合うし。無いと少し、口が物足りないね」
そう言うと同時に、彼の親指が私の唇をなぞる。
「溢れるよ、紅茶」
「あ、ごめん」
ティーカップに浮かぶ褐色だけが、私の少し緩んだ口元を知っていた。


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