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土地神さん

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軍師 浦島太郎

17/04/24 コンテスト(テーマ):第132回 時空モノガタリ文学賞 【 浦島太郎 】 コメント:0件 土地神 閲覧数:504

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 亀は、悔いていた。あの男に助けなぞ求めなければ……いや、いっそあのとき自分が悪童どもに殺されていれば……そう嘆くことすらあった。

「お助けくだされ」
 悪童らの理不尽な暴行に、亀が街道へ投げかけた声に応えたのは、隻眼に黒眼帯の侍だった。
「よかろう。では一番体の大きな奴の目を砂で潰し、足をはらえ」
 亀は侍の指示に従って決死の形相でヒレをかき、白浜の砂を巻き上げた。そして目が痛いとわめく大きな悪童の足をはらうと、悪童はそばにあった大岩に頭をぶつけ、そのまま昏倒してしまった。ぴくりとも動かなくなった悪童を目の当たりにした他の童は、奇声を上げながら散り散りに逃げていく。逆転の勝ち戦であった。
「見事なご慧眼、恐れ入りました。どうかお名をお聞かせくだされ」
 あなた様は命の恩人、と厚く礼を述べる亀に、侍は六尺はありそうな体をかがめて言った。
「拙者は兵法家、浦島太郎と申す」

 改めてお礼を、と亀は浦島を海中の竜宮城へ招き入れた。だが、亀の主人である乙姫に拝謁しても、珍味を集めた酒宴でもてなされても、鯛や平目の妖艶な踊りを眼前にしても、浦島はにこりともしない。
「浦島様、お気に召しませぬか」
 真珠のように輝く大きな瞳を曇らせる乙姫に、浦島はため息混じりに言った。
「いえ乙姫様、そうではござらぬ……大変失礼ながら、こちら竜宮城というからには城なのでござろうが……城にしてはあまりに守りが手薄。兵法を手習いとする者として拙者はそれがどうにも、気になりましてな」
 これが始まりであった。浦島は北条、今川といった大名の名を挙げ、地上が如何に血で血を洗う戦の世であるかを説き、そしてこの竜宮城にもいつ何時大名の侵略の手が伸びるか分からない、民を守るためには戦支度が今すぐ必要だと結んだ。
「し、しかしここを知る地上の者などおりませぬが……」
 亀の疑問を、浦島は低い声で笑い飛ばす。
「もう、わしがおるではないか」
 冗談めかしてはいるが、目は笑っていない。浦島の底知れぬ眼光の不気味さに、亀は思わず黙って首をすくめざるを得なかった。

 海の民は純真で疑うことを知らない。まして地上の英雄、浦島太郎の言葉である。侵略への漠然とした不安感は、幾日も経たず伝染病のように城内に広まっていった。やがて不安感は強い恐怖へと変質し、恐怖は集団恐慌を発するに至った。
「浦島様、この竜宮城を守るため、どうかお知恵をお貸しください」
 乙姫が浦島に頭を垂れるまで、七日とかからなかった。竜宮城の軍師、浦島太郎の誕生であった。

 浦島はまず城の防御に取りかかった。地面だけでなく上方からの攻撃をも防ぐため、竜宮城は半球状の石積みですっぽりと覆われた。
「さすが、浦島様じゃ」
 海の民は感嘆をもって称えた。次に浦島は鮫や鯱、毒を持つ魚といった殺傷力の高い者を侍の身分に取り上げ大将とした。これも海の民はもっともなことと歓迎した。さらに浦島は砦をいくつも造り、それまで海の世界にはなかった刀や槍を作らせ、海の民全てが兵として戦える体制を整えた。
 新しい玩具を与えられた子供は、それで遊びたがる。浦島の指揮の下、連日武器の鍛錬に明け暮れる海の民は、次第に誰もが戦への興奮をその目に宿らせるようになっていた。
 だがここに一頭だけその熱狂の渦から外れた者がいた。亀である。亀は苦しんでいた。石積みで光が遮られた薄暗い竜宮城の玉座の上で一人、沈んだ面持ちで自身の膝を見つめる乙姫の姿に。
「亀よ、わらわは間違ってはおらぬのじゃよな? 浦島様がなさっているのは、正しきことのはず……」
 亀は返答ができなかった。浦島は今や海の王のように振るまい、それに異を唱える民もいない。確たる敵もない戦へ没入していく民たち……もや正気の沙汰ではない。我らは奴に騙されている……だが、その浦島を連れてきたのは当の亀なのだ。亀の心には浦島への憎悪が渦巻き、それは殺意へと傾いていった。

「地上はここより早く時が過ぎるのじゃな。今は織田なる者が勢力を増しておった。だがつけ入る隙はあるはずじゃ。誰も我らのことなぞ知らぬからのう。ふふ……」
 浦島は秘めた野望を隠そうともせず、平伏し震える亀を見下ろしていた。亀の前には床几が置かれ、その上には玉手箱≠ェ乗っている。地上へ物見に向かう浦島を狙った暗殺は、失敗に終わった。
「亀よ、わしがこの箱を知らぬと思ったか。おぬしは知恵者ゆえ生かしておいたのだがな。もうこの際言っておくが、浜で童をおぬしにけしかけたのは、わしじゃ」
 最初からとは。もはやこれまで……心の中の何かが切れ、亀は猛然と床几に突進した。玉手箱が床に転がり、蓋が開く。
「狂うたか亀よ!」
「亀は万年生きるのじゃ。人の数十年なぞわしには効か……うっ……」
 もうもうたる白煙が広がり、亀と浦島は、その中へ消えた。


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