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日向 葵さん

「ひなた あおい」と申します。 小説を書きます。 よろしくどうぞ。 twitter@aoi_himata_21

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待ち人

17/04/24 コンテスト(テーマ):第132回 時空モノガタリ文学賞 【 浦島太郎 】 コメント:8件 日向 葵 閲覧数:958

時空モノガタリからの選評

失踪者としての浦島とその母の悲しみを現実的な落ち着いた文体で書いている点が面白いと思います。かつて亀を叩いた少年からの視点で、すでに過去のものとなった浦島の失踪を捉えているのも工夫がされていますね。「ゴミ」は太郎への手紙だったのですね。手紙を投げるという行為に息子への切なる思いが凝縮されていますね。太郎が竜宮城で数日を過ごす一方、母は長い間行方知れずの息子を待ち続けたわけで、子供であった「私」にして見れば昔のことであっても、彼女にとって浦島の失踪はまさに現在進行形の出来事だったのかもしれません。地上と竜宮城という、異世界における時間の流れの違いということだけでなく、このように個人個人の思いによる心理的な時間の流れ方の相違によって、母親の孤独が伝わる点も印象的でした。

時空モノガタリK

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 その老婆は海に向かってゴミを投げていた。遠目から察するに、それは丸められた紙片のように見える。漁師である私にとって、老婆のその行為はとても許せるものではなかった。「海にゴミを投げ入れるのはよしなさい」と咎めれば良いのだが、老婆があまりにも汚らしく、およそ常人とは思えぬ風貌であったので、私は声をかけるのを躊躇っていた。しかし、このまま放置しておくわけにもいかず、意を決して老婆の元へと歩を進めた。
 草履が砂を踏みしめる独特な音に感づいたのか、私が声を掛けるよりも先に老婆は私の方を振り向いた。間近で見る老婆は遠目よりも更に酷い相貌であった。潮風に当てられた髪は乱れ、頬は頬骨が浮き出るほど瘦せこけている。私を見る瞳は虚ろに濁り、釣り上げて幾日か経った魚のそれと違わない。
「太郎か…?」
 老婆の瞳に光が宿ったかと思えば、カサカサにひび割れた口からそんな問いが零れた。
「太郎ではない。私は漁師だ。海にゴミを投げるのは止めてくれ、魚が寄り付かなくなってしまう」
「漁師…ゴミ…」
 老婆は要領を得ないようで、まるで何かを探るかのようにブツブツと言葉を漏らす。やがて、何かを掴んだのか、先程とは打って変わって、はっきりとした口調で話し始めた。
「太郎も漁師やった。優しくてな、悪いことは悪い、善いことは善いと言える子やった」
 太郎という男に興味はなかったが、老婆があまりにも愛おしそうに語るので、少し耳を傾けても良いかもしれないという気になった。
「昔から釣りが得意でな、沢山釣っては持って帰って来るんよ。ただな、食いきれんくらい釣って来るもんだから『あまり捕ってくるな、魚が可哀想や』と言うと『すまんかった』と泣きそうなくらい申し訳なさそうにするんよ」
 私は不思議な懐かしさを感じていた。幼い頃海辺で遊ぶことが多かったからだろうか、老婆の話を聞いているうちに会ったこともない太郎という男のことが段々と好きになっている自分がいた。
「太郎はな、あんたより一回りくらい年上でな、長い髪を後ろで一束に結ってるんよ」
 その恰好には少し覚えがあった。しかし、それが「いつ」「どこで」見たものなのかは判然としない。ぼんやりと霞がかかったような記憶がもどかしい。私は記憶の糸を辿り始めた。
「いつもな、ボロボロの竹竿を担いでな、私が編んだ魚籠を腰に下げて海に行くんよ…」
 徐々に太郎の輪郭が明確になっていく。そして、私の記憶も少しずつ鮮明になっていった。

 私が幼少の頃、海沿いの小さな村では他に行くところもなかったので、遊び場と言えば専ら海辺だった。海にはいろいろなものが流れ着くので、砂浜を散策するだけでも飽きることは無かったのである。そんなある日、一匹の亀が流れ着いたのを見つけた私はその甲羅を流木で叩いてみた。すると、ポコポコと不思議な音を立てるので、つい面白くなって夢中で叩き続けてしまった。
 そこで私はその男に声を掛けられたのだ。長い髪を後ろで束ねて、魚籠を下げたその男に。

「あんたは、浦島さんところのおっかさんか…」
 その姿は変わり果てて昔の面影はまるでなかったが、目の前の老婆は確かに浦島さんの母親であった。幼い頃、何度も見たその顔をどうして今まで忘れていたのだろう。嫌な記憶を無意識に閉ざしていたのかもしれない。行方知れずになった浦島太郎を最後に目撃したのは紛れもなく私であったのに…。
「太郎を覚えているのかい…?」
「ああ、覚えている。いや、今思い出したという方が正しいだろう。あなたは私に何度も『太郎を最後に見たのはどこだ?』と詰問してきたな。私はその問いに『海に入っていく太郎を見た』と答えた。亀に乗って海に出た太郎を見たことは間違いない。幼い身であったから、必死の形相で迫って来るあなたを怖い思い出として捉えてしまったのだろう。今まで忘れていた。申し訳ない…」
 老婆は何も言わなかった。
「私は漁師だ。海に出て、いつか太郎に出会った時にそれを渡そう。だから、投げ入れるのはもう止めよう」
 私がそう告げると、枯れ果てた涙を絞り出すように、老婆の目から一滴の涙が零れて落ちた。老婆は、そっと私に握りしめた拳を伸ばす。私がその拳の下に受け皿を作ると、老婆は手を開き、握りしめたゴミを落とした。丸まった紙片には文字がびっしりと書かれていた。それが太郎に向けた手紙であったことに疑いの余地はない。そして、私に背を向け砂浜に小さな足跡を付けながら去っていった。
 私は丸められた手紙を綺麗に伸ばしてから懐に入れた。太郎はあの時入水してしまったのだろうか。私の記憶ではそう考える他になかったが、老婆の話を聞くに、太郎はそんな男ではないという確信が芽生えていた。

 その確信通り、砂浜で呆けている白髪の老人に手紙を渡すのは、それから数十年も後のことである。


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このストーリーに関するコメント

17/04/25 まー

まさかの亀にいたずらをしていた子の視点で語られる浦島太郎だったので、何とも新鮮な気分になりました。
太郎に会えなかったであろうお婆さんが少しかわいそうですね。

17/04/25 日向 葵

まー様
コメントありがとうございます。
『浦島太郎』という話は浦島太郎が体験した話がメインですが、残された人達にもモノガタリがあるはずで、それはきっと辛いものなのだろうなという考えから生まれた話です。
お婆さんは太郎と会うことはできませんでしたが、少しは救いがあったのではないかと思います。

17/04/25 日向 葵

まー様
コメントありがとうございます。
『浦島太郎』という話は浦島太郎が体験した話がメインですが、残された人達にもモノガタリがあるはずで、それはきっと辛いものなのだろうなという考えから生まれた話です。
お婆さんは太郎と会うことはできませんでしたが、少しは救いがあったのではないかと思います。

17/04/25 日向 葵

まー様
コメントありがとうございます。
『浦島太郎』という話は浦島太郎が体験した話がメインですが、残された人達にもモノガタリがあるはずで、それはきっと辛いものなのだろうなという考えから生まれた話です。
お婆さんは太郎と会うことはできませんでしたが、少しは救いがあったのではないかと思います。

17/04/25 クナリ

意外な冒頭から、最後にはゴミがなんだったのか語られ、それがストーリーを収束させる……とても構成力の高い作品ですね。
脇役の彼らが、プロットの力で主役になるのが圧巻でした。

17/04/27 日向 葵

クナリ様
コメントありがとうございます。
構成力が高いだなんてもったいないお言葉です💦
プロットもそうですが、全体的な筆力を今後研鑽して行ければと思います。

17/05/22 光石七

入賞おめでとうございます!
遅ればせながら拝読しました。
亀をいじめていた子どもの視点というのが新鮮でした。
太郎を死ぬまで待ち続けた母親の悲しみは深かったでしょうが、この主人公との出会いで慰められた部分もあったのではないかと思います。
素敵なお話をありがとうございます!

17/05/24 日向 葵

光石七様
コメントありがとうございます。
初めのプロットでは母親目線で書いていたのですが、書き進めるうちに客観視した方が面白そうだと思ったので、主人公に亀をいじめていた少年を選びました。
それくらいしか、残された側の人物がいなかったのが大きいですが、上手く纏まったようで良かったです。

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