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滝沢朱音さん

♦️第2回ショートショート大賞・優秀賞 http://shortshortawards.com/results-2017/ ♦️『時空モノガタリ文学賞作品集#零』(書き下ろし含む3作掲載) https://www.amazon.co.jp/gp/product/4908952000/ ♦️時空モノガタリ入賞作「このP−スペックを、唯、きみに。」幻冬舎パピルス掲載 http://www.g-papyrus.jp/backnumber59.html ♦️Twitter @akanestor ♦️作品添付画像:『写真素材 足成』

性別 女性
将来の夢 作家として在りたい
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遠い未来のトロイメライ。

17/04/24 コンテスト(テーマ):第132回 時空モノガタリ文学賞 【 浦島太郎 】 コメント:10件 滝沢朱音 閲覧数:817

時空モノガタリからの選評

これはまさに現代の浦島太郎ですね。お題の扱い方や構成力が素晴らしいと思います。昔話を下敷きに現代性を的確に表現した、完成度の高い作品だと思います。いいところは沢山あって挙げきれませんが、冒頭の電車のシーンから良い意味で違和感に満ち、それが中盤に向けて徐々に高まり、「玩具店」の店主との会話でマックスとなる緊張感が素晴らしいですね。主人公の内面的混乱を一緒に追体験しているような気持ちになりました。テーマを伝えるためにしっかり細部が構成されていると思います。特に印象的なのはコメント欄にもありますが、冒頭の表現ですね。電車の表現としては少々風変わりな「息継ぎ」という表現などにより、浦島の世界感が伏線としてさりげなく盛り込まれているのはさすがです。さらに「ニュータウン」「喫茶店」「玩具店」といった昭和の若かりし時代の中に、現代的な要素が徐々に断片的に交差してくる構成もうまいですね。愛する者が去り、肉体が老いたことに気づく瞬間というのは相当な衝撃が走るのだろうと思います。いかにも昭和的な響きの「ブリキの亀」は子供のお土産であると同時に、永遠に幸せな時代にとどまり続ける彼女自身の姿でもあるのかもしれません。トロイメライ、夢の中に生き続ける彼女は幸せなのかそうでないのかわからない分、余韻が残りました。

時空モノガタリK

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 銀色の車体は、まるで息継ぎをするかのように浮上した。窓から春の自然光が注がれ、車内の照明が消える。都心のターミナルからしばらく地面の下を這い進むこの路線は、郊外で闇を抜け、地上駅を北へと辿る。恵はほっと一息ついた。
『デパートにでも行っておいで。孝は俺が見ておくから』
 朝、珍しく夫がかけてくれた言葉を反芻する。育児疲れの妻を心配したのだろう。その優しさに甘え、恵は久しぶりにきちんと化粧をし、都心へ向かう電車に乗ったのだ。
 幼児を連れない解放感にうきうきしてデパート中を歩き回ったものの、値札と睨めっこした挙句、結局何も買わずじまいだった。喫茶店に入ってコーヒーを飲むことすらせず、昼下がりのターミナルに戻った恵は、出発を待つ電車の座席へ倒れ込んだ。
 歩き疲れてひどく眠たい。ビロードの座面に深く座り直し、目を閉じる。降りるのは終点のニュータウン駅だ。
(ほんの一瞬だけ……)

「――終点ですよ」
 突然降ってきた声。顔を上げると、若い車掌が呆れた表情でこちらを見ていた。すっかり眠り込んでしまったらしい。
 あわてて立ち上がり、あたふたとホームへ降りた。傾いた日差しがターミナルの開口部から差し込む。見慣れた駅のはずなのに、ふとよぎる違和感と不安、そして、後悔。
(せめてお菓子くらい買ってくればよかった)
 手ぶらで帰れば、留守番していた息子をがっかりさせてしまう。恵は駅前のショッピングセンターで寄り道をすることにした。
 角のおもちゃ屋で客寄せに置かれているブリキの亀は、孝のお気に入りだ。カラフルな模様の甲羅から出た脚を、ゼンマイ仕掛けで交互にばたつかせて進む姿に夢中になり、いつも店先から離れなくなってしまう。
(今日こそあれを買ってやろうかしら)
 しかし、いつもなら騒がしいはずのその店先は、今日に限って妙に静かだった。くすんだおもちゃの箱が雑然と積み上げられ、傘立てに似たラックには、なぜか色とりどりの杖。紫やピンクのラメ、鮮やかな花模様は、子ども向けとはとても思えない。
 その横には、手押し車のようなものが並んでいる。こちらも渋い色合いばかりだ。唖然とする恵に、奥から出てきた中年の女が愛想よく語りかけてきた。
「こちらのステッキ、おしゃれでしょう。シックだけど若々しい柄で」
(若々しい柄?)
 思わず看板を見上げたが、そこには確かに『〇〇玩具店』の文字。店の女は苦笑した。
「ええ、ここ、おもちゃ屋ですよ。いつのまにかシルバー商品がメインになってしまって」
「シルバー商品?」
「ステッキとか、シルバーカーとか、高齢者向けの商品のことです。時代の流れですねえ。このニュータウンも、子どもがすっかり少なくなって」
 何かがおかしい。ニュータウンの公園は、いつだってたくさんの子どもたちで溢れているというのに。戸惑いながら恵は尋ねた。
「あの、ブリキの亀は?」
「え?」
「ゼンマイで動く、亀のおもちゃです。いつもここにあったでしょう?」
「ああ……そういえば、店先に出してましたね。父がこの店をやっていた頃は」
 懐かしむ女。やはり何かがおかしい。くらりと目眩がして、両手で額を支えたそのとき。
「……どこ行ってたんだ!」
 後ろから乱暴に肩を掴まれた。振り返ると、見知らぬ中年の男。
「あの、どなたですか?」
「電車に乗ったのか。いいかげんにしろ!」
 声を荒げる男に恐怖を感じた恵は、店主の女に懇願した。
「すみません、警察を……いえ、主人を呼んでください。すぐそばの団地です。電話を……」
「何言ってんだよ、情けない!」
 ぐしゃりと歪む男の表情。泣きだしそうで、ぐっとこらえているその顔には、どこか見覚えが――
 白髪まじりの頭を振り、男は嘆息した。
「父さんはもう何年も前に死んだだろ、母さん……」

 物置から発掘したブリキの亀を撫でながら、孝は妻に言った。
「残酷だよなあ、認知症って。陸に戻ったときの浦島太郎の思いを、何度も繰り返してるようなもんだ」
 老いた母は夢と現を行き来し、徘徊を繰り返すようになった。孝は休職してまで介護したが、ついに限界に達し、この春から施設に預けた。
 幼いあの日、父はぐずる息子を持て余し、その手を引いて駅前に向かった。そこで、おもちゃ屋から出てくる母と会ったのだ。
『ごめんね、たっくん……』
 たまに浮上して現実に戻るたび、母はそう言ってバツの悪そうな表情で謝る。あの日と同じように。
「これ、今度お義母さんに持っていってあげたら? 喜ぶわよきっと。それとね」
 ようやく穏やかさを取り戻した夫に、妻は微笑み、亀を手に取ると、ゼンマイを巻き始めた。
「愛する人を失ったなら、私なら何度だって過去に戻りたい。たとえ残酷でも、束の間の夢だとしても」
 地に置かれた亀はジジジと音を立て、ぎこちなく今≠歩き出した。


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このストーリーに関するコメント

17/04/24 滝沢朱音

作中のブリキの亀、↓こんな感じのイメージです🐢
https://www.youtube.com/watch?v=WHEwStIS1tw

17/04/24 滝沢朱音

作中のブリキの亀、↓こんな感じのイメージです🐢
https://www.youtube.com/watch?v=WHEwStIS1tw

17/04/25 浅月庵

滝沢朱音様
作品拝読致しました。

所々の息継ぎや、浮上する、といった描写が
自然と“海のなかの浦島太郎”を想起させる
表現になっていると感じました。
自分もテーマを与えられたときに、
どれだけ捻ったお話でテーマと結びつけるか
考えることが最近多いので、すごく上手い絡ませ方だなぁと
惚れ惚れしてしまいました。
とても良い作品だと思います。

17/04/29 滝沢朱音

>浅月さん
あたたかいコメントをありがとうございました!
浮上とかのワードに気付いてくださって、とてもうれしいです〜♪
テーマとの結び付け方、難しいですよね…私もいつも悩んでます(;_:)
このお話、もともとは前回テーマの「電車」で書き始めたんですが、
こちらのテーマのほうが合いそうだと思い、書き直しました。

17/05/01 霜月秋介

滝沢朱音さま、拝読しました。

認知症と浦島太郎を絡めるとは、流石です。
認知症の方にとって、若々しい頃の輝かしい思い出はまさに、竜宮城そのものですね。心に響くお話を有難うございます。

17/05/02 滝沢朱音

>霜月さん
読んでくださってありがとうございました!
認知症は、私にとって身近で永遠のテーマなのですが、
今回の浦島太郎とこの病気とが結びつく結末になるとは…
自分でも思ってもみませんでした。

17/05/22 光石七

入賞おめでとうございます!
遅ればせながら拝読し、完成度の高さに圧倒されました。
テーマの絡め方、構成、伏線、認知症の方の世界のリアリティ、ラストの余韻……
素晴らしかったです!

17/05/26 滝沢朱音

>光石さん
コメントうれしいです。ありがとうございます!
認知症というセンシティブな話題について、書くときいろいろ悩んだのですが、
リアリティがあると言っていただけてほっとしました。

17/06/08 冬垣ひなた

滝沢朱音さん、拝読しました。

入賞おめでとうございます、素晴らしい作品だと思いました。認知症の主人公からみた世界を垣間見たら、浦島太郎のような気持ちになるのでしょうね。昭和と現代の雰囲気が交わっていく描写の巧さにも感服しました。

17/06/14 滝沢朱音

>冬垣さん
読んでくださってありがとうございます!うれしいです。
実際の古いニュータウンを歩いていたときに思いついた話なので、
昭和と現代が混じってる感は、その光景そのまんまなのかもしれません。

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