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冬垣ひなたさん

時空モノガタリで活動を始め、お陰さまで4年目に入りました。今まで以上に良い作品が書けるよう頑張りたいと思いますので、これからもよろしくお願いします。エブリスタでも活動中。ツイッター:@fuyugaki_hinata プロフィール画像:糸白澪子さま作

性別 女性
将来の夢 いつまでも小説が書けるように、健康でいたいです。
座右の銘 雄弁は銀、沈黙は金

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【エッセイ】竜宮城の春の夢

17/04/24 コンテスト(テーマ):第132回 時空モノガタリ文学賞 【 浦島太郎 】 コメント:1件 冬垣ひなた 閲覧数:483

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 我が家の近くの川を、ちょっと川上の方に自転車で走ってみると、洒落た吊り橋が架かっているのが見える。鉄筋コンクリート製の造りに、アーチ状の装飾を施された白い主塔がお城のような『玉手橋』、その橋の向こうにあった『玉手山遊園地』は、幼い私の聖地であった。
 今は遊園地はなく、夢の跡地には公園が残る。昔はとても遠い場所に思えたのに、こんなに近くにいられるのは郊外の現在の家に引っ越ししたためだが、そういえばカメ吉と出会ったのもその頃だった。


 都会での職場からの帰り道、あの時も私は自転車で走っていた。少し急いでいた。ぼんやりなんてしてる間もなく忙しかった毎日。
 そんな時、信号機のある前方の大きな道をころころと転がってゆく物がある。黒いごみ袋かと思ったが四つの足がついていて、それが猛スピードで走る亀だと分かった時には、私の目の前を通り過ぎていた。
 都会の目まぐるしさについていけないのは、私だけじゃないんだと同情したが、近くに川があるわけでもなく、唐突に現れた亀の行き先には心当たりがない。このままでは、亀を苛める子供はいなくとも、非情にも車に踏まれて一巻の終わりである。
 浦島太郎の昔話が頭をよぎったが、困っている亀を見捨ててはおけず、私はパニック状態の亀を追いかける。もがく亀を自転車の前カゴに乗せて、とりあえず家へ連れてゆく事にした。
 カメ吉君。この都会には君が帰る場所はなさそうだったから。
「ただいま」
「どうしたん?その亀」
 家に帰って母との会話は予想通りだ。予想外だったのは父の反応だった。
「家で飼おう」
 体長20p近くに成長しきったクサガメを飼う。父がいつにない自信を持って言えるのは、今度の引っ越しで住むことが決まった家には庭があるからだった。どこにしまってあったのだろう、「信楽焼なんだ」と父が自慢げに見せたのは、直径80pほどの丸い睡蓮鉢だった。普通はメダカを飼ったり睡蓮を育てるものだが、なるほどこれならカメ吉も窮屈にならず暮らせそうだ。
 今思えば父は退職後の人生設計をしっかり立てていて、カメ吉はその未来予想図にフィットしたのかもしれない。


 父が思い描いたようにカメ吉は、今も庭にある睡蓮鉢の中でのんびり暮らしていて、人が近づくと警戒しながらも、餌をくれないかなと期待を込めた眼差しで見つめてくる。かと思えば、顔を水面に上げ人間を探している日もあって、主従ではない、ユーモラスな関係を築いている。私も歳を重ね、白髪の方が目立つようになった両親は老境に差し掛かっていたが、カメ吉の黒い甲羅から伸びる顔や手足はいまだ瑞々しく羨ましいと思う。
 春がまた巡って来た。
 カメ吉が冬眠から目覚めるのを待って父と私は、睡蓮鉢と起き抜けのカメ吉を綺麗に洗う。カメ吉は徐々に活発さを取り戻し、「また一年が始まるぞ」と力が漲っているようだ。
 両親が手入れする、サクラソウやシャクナゲ、藤などの花々が春を盛りに咲き乱れる。椿やクリスマスローズもまだ花をつけているが、蕾のついたツツジがじきに綻び始めるだろう。カメ吉の目覚めを待ちわびるうち、春が特別な季節に感じられるようになった。いつの間にか我が家は、百花繚乱の竜宮城になったようである。
 気が付けば、あれから20年以上経っていた。私がこの家にいないことが多かった分、大病もなく穏やかに暮らせた両親の生活に、カメ吉が寄り添ってくれたことに深く感謝した。
「これがカメ吉の恩返しなのかもしれないね」、そう言う私に向かって、父は朗らかに笑った。
 洗ったばかりの睡蓮鉢に花弁が浮いている。庭のしだれ桜がカメ吉の所まで春を運んでくるけれど、彼は亀らしいゆったりした動きで「餌なのかなぁ」という顔で窺っている。カメ吉、お腹が空いたようである。


 こうして休日にのんびりしていると、私も冬眠から覚めたように清々しい気持ちになる。
 さくら、さくら。幼い頃に記憶が巻き戻る。
 昔見た、斜面に咲き誇る玉手山の桜はそれは見事なもので、はしゃぎすぎて迷子になった小さな私を、慌てて迎えに来た両親の若かりし日の姿が思い起こされる。都会では見る事の出来ない桜の風景は、忙しい現実が積み重なっても、忘れがたい記憶だ。
 竜宮城での一日のように彩られた時間を、一瞬で縮め早送りした後、ふぅっと豊潤な物語を味わったようなため息が出る。良かった、私の心の玉手箱は空っぽじゃない。
 もっと色んな家族の楽しみを、今の時間とともに詰め込んでおこう。喜びは熟成されて、私たちは移ろう季節を深く穏やかな呼吸を繰り返しながら、健康で心豊かに暮らすのだ。
 

 カメ吉に餌をやる私の心は、竜宮城から帰らず、まだ夢の中にいるようだ。
 あの日の風光る桜の海がピンク色に波打ちながら、樹の下に佇む小さな私が「おいでよ」と、思い出へと誘うのだから。


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このストーリーに関するコメント

17/04/24 冬垣ひなた

≪補足説明≫
左の写真がカメ吉、中央と右の写真が今の時期のお庭の様子になります。

≪玉手山遊園地と玉手橋について≫
玉手山の遊園地は明治41年(1908年)に開園した、西日本で一番古い遊園地だそうで、公園になった今も桜は今も見事に咲いています。最近の大河ドラマ『真田丸』でも活躍した豊臣方の後藤又兵衛が大坂夏の陣で討ち死にした場所としても有名です。
玉手橋はやはりちょっと珍しいらしく、平成13年(2001年)吊り橋としては全国で初の登録有形文化財になりました。
浦島太郎とは特に関係ないのでしょうがノスタルジー溢れる場所です。

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