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そらの珊瑚さん

🌼初めての詩集【うず】を上梓しました。  (土曜美術出版販売・現代詩の新鋭シリーズ30) 🌼小説や詩、短歌などを創作しております。 🌼作品を置いています。よろしかったらお立ち寄りくださいませ。 「珊瑚の櫂」http://sanngo.exblog.jp/14233561/ 🌼ツイッター@sangosorano 時々つぶやきます。 🌼詩の季刊誌(年4回発行)「きらる」(太陽書房)に参加しています。私を含めて10人の詩人によるアンソロジー集です。アマゾンでお買い上げいただけます。      ✿御礼✿「馬」のオーナーコンテストにご参加いただきました皆様、ありがとうございました。

性別 女性
将来の夢 星座になること
座右の銘 珊瑚の夢は夜ひらく

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プリーズ! 玉手箱

17/04/23 コンテスト(テーマ):第132回 時空モノガタリ文学賞 【 浦島太郎 】 コメント:2件 そらの珊瑚 閲覧数:409

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 瞼を開ける。光、光、光。あまりのまぶしさに、目を閉じる。頭の奥がじんじんする。再びこのま眠ってしまおうか。けれど練習に遅刻してしまう。オリンピックに出られなくていいのか? 夢。水泳でオリンピックに出る事。だけど最近記録は伸びない。「もう、いいよ。おまえ、くたくたじゃないか、ゆっくり休めよ」と心のどこからか声がする。そして「だめだ、起きろ」というもう一人の自分とせめぎ合う。現実の辛さから逃げるのも勇気がいるし、立ち向かうのも勇気がいる。さあ、どちらを選ぶ。
 誰かに肩を揺さぶられ、もう一度薄く眼を開ける。
 眼の前にいる女の人と目が合う。直観で、よく知っている人だと思った。それが母だと分かるまで数秒かかる。私の知っている母より大分老けていた。
「ちなみっ、ちなみー、ちーなーみぃぃー」老けた母が絶叫してる。
 ちなみ、が、頭の中で千波に変換され、それが自分の名前だと分かるまで、また数秒かかった。水の中を歩いているようなもどかしい感覚だ。母の絶叫は加速される。狂気すら感じて、ちょっと怖い。はいはい、私が千波です。

 二十五年の眠りから私は目覚めた。(らしい)
 二十五年前の日曜日、スイミングプールへ練習しに家を出た私は、途中、川で溺れていた小学生を助けようとして飛び込み一緒に流された。目撃した人が110番通報し二人ともレスキュー隊に救助された。私が着ていた防水性のジャンパーが浮き輪替わりになったのが幸いしたとか。その後運ばれた病院で小学生は意識を取り戻す。私は心臓は動いてはいるものの意識はないまま今に至る。それが落ち着きを取り戻した母から聞いた事だった。でも私は全く覚えていない。二十五年間、夢くらい見ただろう。けれど起きた瞬間に、みな忘れてしまった。さっき浴びた強力な光線のせいだろうか。
 季節はまだ肌寒い春。蕾になりかけていた(はずの)私の夢は咲くこともなく散り、私の肉体は四十三才になっていた。オリンピックを目指すには驚異的に遅すぎる。
 感覚としてはたった一晩寝ていただけなのに。高校三年生の女子が突然四十三歳のおばさんになっていた。時間は冷酷だ。水泳しかやってこなかった私は恋も知らないまま。ああ、恋くらいしてみたかった。狂えるものなら狂いたい。これじゃまるで浦島太郎じゃないか。
 浦島太郎はなぜ狂わなかったのだろう。竜宮城に拉致され戻ってきたら百年経ってたなんて。両親も亡く、誰も自分を知る人がいない。家もないホームレスになった。おまけに玉手箱を開けたらあっという間におじいさんだ。太郎に比べたらまだマシか。自分より不幸な人がいることで人はちょっぴり楽になる。後ろ向きでも、楽になれるのは悪いことじゃない。だってこれから先も生きていかなきゃならないんだから。
 母はポケットから薄っぺらい板を取り出して「あいふぉんで、みんなにいっせいめえるしとく」とか云って、人差し指をそれに何度もこすりつけてる。「あいふぉん」「いっせいめえる」それらは何者にも変換されなかった。
 それから母は二十五年分の私の空白を埋めるかのように話し出す。四つ年下の中学生だった妹は二十歳の時に嫁に行き、今は二人の男の子の母親。隣家の同級生のシン君は、アメリカの大学に留学したまま何年も日本に戻っていない。隣のおばさんは「いないのと同じよ」と母に愚痴をこぼすらしい。
「シン君、頭良かったもんね」中学に入った年だったか、彼にバレンタインデーに手作りチョコをあげたことがあった。毎日水泳の練習ばかりで鬱屈してた私にとって、ちょっとした息抜きみたいなものだったけど、そうだ、あれを恋のひとつに数える事にしよう。
 一年ほど入院してた病院を退院してから自宅看護になった私はさしずめ「いるだけ」の存在か。ベッドの周りにはいろんな機械が置かれている。私の看護の為のものだそうだ。
「あっそうだ。父さんは?」私の質問に母の表情が一瞬くもった。
「父さんは亡くなったの。何年前になるかしら」ひい、ふう、みい…母が指折り数えている。
「十八年前だわ。可哀想に交通事故で即死。でも保険金が入って有難かったわ。向こうで父さんに会わなかった?」
 向こうって、どこ? 私が永く居たらしいところは、あの世の入り口だったのか。それにしても、母さんたら薄情だ。
「お父さんが亡くなって七年くらいして、母さん再婚したの。一応恋愛結婚。ふふ。母さんより十も若い人でね。いい人よ。あんたの介護もやってくれる。痰の吸引は母さんより上手よ」
 何だろう、この感情は。母は恋愛結婚し、私は見ず知らずのおじさんに痰を吸引され、まさか今自分が履いてるらしきおむつの取り換えなんかも? 怒りと羞恥が入り混じった感情が湧き上がってくる。
 ああ、もしここに玉手箱があったなら! 開けてやる! むくむくと湧いてきた勇気に私は包まれた。 


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このストーリーに関するコメント

17/04/24 そらの珊瑚

下から7行目 十八年前→十年前 に訂正します。
(計算がおかしいことに…)申し訳ありません。

17/05/08 泡沫恋歌

そらの珊瑚 様、拝読しました。

たしかに、女子高校生のわたしが目覚めたら、43歳って……辛すぎる。
そのためにも玉手箱は必要ですね。ううんうん、納得!

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