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秋 ひのこさん

歯について考える時、右と左がよくわからなくなります。右奥だっけ、左奥だっけ。虫歯が絶対にあると思われるあの場所を伝えるべく「ええと、右です。そして上な気がします」と言ったら先生が「うん、上は上でも左ですよね」とか言う瞬間が恥ずかしいので、虫歯は放置しているような人間です。こんにちは。 

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夏、カマキリ浦島とロンリー亀

17/04/20 コンテスト(テーマ):第132回 時空モノガタリ文学賞 【 浦島太郎 】 コメント:2件 秋 ひのこ 閲覧数:802

時空モノガタリからの選評

瀬戸内の自然豊かな風土と少年の孤独が溶け込んだ、さらりと爽やかな手触りの残る作品だと思います。瀬戸内の豊かな自然を感じさせるところも魅力的ですね。風変わりな浦島と都会のクールな少年若林のコンビがいい組み合わせですね。浦島伝説が、自分の居場所を持たず世界のどこかに桃源郷を夢見る人々の思いから生まれたものだとすれば、中学生の若林にとっての故郷東京はまさにその竜宮城的存在なのかもしれません。浦島の着るTシャツの「ディズニー」も、イリュージョンとしての竜宮城のイメージどこかかさなるような気がします。浦島の誘いにすげない若林ですが、この二人はこの後徐々に距離を縮めていくのではないでしょうか。「浦島太郎」というテーマへのアプローチにが変わっていて、そういう意味でも印象的な作品でした。

時空モノガタリK

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 香川県の北西、瀬戸内海に突き出た荘内半島のとある中学。二年の春に東京から若林という転校生がやってきた。
 讃岐の方言も田舎生活も見下し、いつも冷めた目で一匹狼を気取るため、夏休みを迎えた今も友だちはひとりもいない。

 全身から湯気が昇るほど酷暑の午後、若林はいつもの場所に赴く。
 鴨之越。
 穏やかな瀬戸内の海と、こんもり緑に覆われた丸山島を望むここは、童話『浦島太郎』が亀を助けた浜だとかどうとか。
 日没にはまだ早いこの時間、潮が引き始める。
 東京ではこんな光景みたことがない。
 鴨之越から海に浮かぶ丸山島まで、みるみる地表がつながっていく。
 若林は潮の香りを胸一杯吸い込み、海底だった場所をぶらぶらするのが好きだった。

「何しょん?」
 背後で声がした。
 見覚えのある顔が4つ。同じクラスの男4人がこちらに近づいてきた。若林は顔を背け無視する。
「若林、暇なん? 夏休みやのに帰らんのか? 東京に」
 ニキビ面が言い、他がニヤニヤ笑った。
「それともここでオカアサーンていがってんの?」
 顔を覗き込まれ、若林はカッとなる。
 若林が東京で暮らす母親と離れ、こっちの親戚の家に身を寄せていることは、いつの間にか周囲の知るところとなっていた。
「ここは田舎で不便で退屈やろ。ほんだら出てけよ」
 笑いながら金髪が冷えた声を出した。
「出てけ、かーえーれ」
 囲まれ、誰かが若林の肩を小突いた。それを機に右から蹴りが入り、左から脇腹を突かれる。奥歯を噛み締め、若林が反撃に出ようと拳を握ったその時、
「ヤメロ」
 妙に甲高い声がした。
 次いで「トウッ」という掛け声と共にびゅっと何かが宙を切り、ぺしっと金髪の頭を叩く。
「ッテ、このヤロ、浦島やないか」
 若林は唖然として突如現れた声の主――ディズニーのTシャツをチノパンに収め、蝿叩きを振り回すひょろ長い少年を見つめた。
「ヤー」
 変な声と共にぺしぺしと4人組をはたき回す。
「浦島、よせ。お前おかしいわ」
「ふざけんな浦島、イテ、おい」
 4人はぎゃあぎゃあ言いながら悪態ついて去っていった。

「大丈夫? 若林君」
 黒縁眼鏡のレンズに染みがついたような小さな目、極端に顎が尖ったカマキリ顔の浦島が、肩で息をしながら若林を見つめている。
 この顔、この声、この奇怪な行動(と多分私服のセンス)で、女子から気持ち悪がられ、男子から嫌われ、挙句先生からも煙たがられている有名人だ。
「アー!」
 突然、浦島が素っ頓狂な声を出した。そして、興奮して蝿叩きをぱたぱた振り回す。
「若林君、僕、浦島やで。ここ、浦島太郎が亀を助けた浜なんやで。僕、ちょっと浦島太郎みたいやな。若林君、どう思う?」
 どう思うって……。
 若林は苦虫を噛み潰したような顔で「俺が亀だってのかよ」と一応苦言を呈す。「そもそも苛められてねーし」
「そっか、そやな。僕余計なことしたんかな」
 カマキリ顔が一気にしゅんとなる。やっぱコイツ、変だ。若林は眉をひそめ、とりあえず話の流れを変えようと、浦島の手に握られた蝿叩きを指した
「つーかなんでそれ持ち歩いてんだよ」
「これ? あ、僕の家すぐそこなん。窓から見えたから飛んできた。武器いるやろと思って」
 家から。コイツ、このクソ暑いのに家でもチノパン……、と関係ないことが気になった矢先、
「アー!」
 二度目である。今度は何だ。
「若林君、そろそろ戻らんと!」
 見ると、先ほどより砂地が少ない。潮が満ちてきているのだ。
「そんな金切り声出さなくてもいいって」
 わざとらしく耳に指を入れ顔をしかめるが、浦島は構わず叫びながら走り出す。
 
 今日は、止めだ。

 若林は嘆息し、薄く水が溜まり始めた足元を見下ろす。
 この浜を初めて見た時から、繰り返し抱く衝動があった。
 満ち潮の間、ここに留まりたい。
 ゆっくりと静かに、海が迫ってくる。たぷんたぷんと波が足にぶつかる。溶けるように身を沈め、海の底から夕日に染まる海面を見上げてみたい。昼の熱が冷めていく水中をたゆたい、東へ。東京へ、母の元へ戻れたら。
 ふと、そういえば『浦島太郎』では亀が浦島をのせて海の底へ潜っていくんだっけ、と考える。いいな、それ。悠々と海を泳ぐ亀、いいな。
 期せず口角がゆるみ、慌ててぎゅっとそれを結んで足早に浜を目指した。

「若林君、この辺何もないから東京の人はつまらんやろ。僕案内しよか。夏休み暇やろ、手始めに浦島伝説の魅力教えたろか。意外と名所が多いで」
「暇じゃねーよ、お前何々だよ」
「浦島だよ、若林君」
「知ってるよ」
 本気で苛々したが、久しぶりに敵意のない誰かと交わす会話は少し歯がゆく、少しくすぐったい気がしなくもない。
「早速明日行く?」
「行かねーよ」
 潮風が胸のかすかな火照りを撫でていった。


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このストーリーに関するコメント

17/05/22 光石七

入賞おめでとうございます!
遅ればせながら拝読しました。
浦島伝説が残る地域はいくつかあるようですが、その一つである瀬戸内という舞台が作品全体に効いていると思いました。
直接的な心情描写は少ないのですが、若林少年の孤独も浦島に出会って生じた変化もしっかり伝わってきます。
これから二人は親しくなっていくのでしょうね。
爽やかな読後感の残る、素敵なお話でした!

17/05/23 秋 ひのこ

光石七さま
こんにちは。
今回のテーマは非常に苦労しました。
実際にある浦島伝説の地をからめたのはもう本当に苦肉の策です(苦笑)。
それから、最近、光石さま(いつも拝読しております!)をはじめとする素敵な書き手さんをもっと見習わねばと「キャラクター作り」をひそかに課題にしておりまして、いつものパターンと違う人物像を〜と悩んで悩んで「少年」に挑戦してみたのが、この話です。
私も、この若林と浦島のコンビはここから始まっていくように思います。
コメントをありがとうございました。とても嬉しかったです!

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