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待井小雨さん

待井久仁子というペンネームで「小説&まんが投稿屋」というサイトで、童話やホラーやよくわからない物語を投稿しています。 ご興味を持っていただけたら、よろしくお願い致します。

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竜宮の亀

17/04/16 コンテスト(テーマ):第132回 時空モノガタリ文学賞 【 浦島太郎 】 コメント:9件 待井小雨 閲覧数:703

時空モノガタリからの選評

万年生きるとされる亀の孤独がひしひしと伝わる深みのある作品だと思います。後半にかけて密度が濃くなっていき、亀の悲しみやが胸に迫ってきます。亀の万年生きるという生命の長さが逆説的に竜宮城の永遠性と享楽性を剥ぎ取り、無常性を際立たせてしまう深みのある内容だったと思います。仲間を愛するがゆえに、彼らの時間を奪い結果的に不幸にしてしまったというジレンマには、説得力がありました。「永遠の都」や長く生きることは全ての生命の願いでしょうが、愛する者との死別というこの世の最たる苦しみを繰り返すだけの人生は、ただ虚しいだけで拷問にも等しいものだと思います。乙姫や仲間の魚達の優しさが伝わるゆえに、別れの苦しみがひしひしと伝わりました。ラストの描写も素晴らしいですね。水の中で生きる亀から水分が奪われていき跡形もなく消えていく過程を、為すすべもなく傍観するしかない「俺」の視点があるがゆえに、より生きることの悲しみと無常性が胸に迫る内容となっていたと思います。

時空モノガタリK

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 夏の日差しが射すアスファルトの路上に、亀が引っくり返っている。
 海は遠く、近くに水場は無い。子供の悪戯だろうかと、俺は掌ほどの大きさの亀に歩み寄った。
「大丈夫か」
 車通りのない道だから轢かれる事はあるまいが、そのままにしておく気にはなれなかった。
「やめて下さい」
 手を触れる寸前、当の亀から声が上がった。
「助けないで下さい。私にどうか、触れないで下さい」
 俺は目を丸くした。
「しゃべっているのはお前なのか」
「わたくしです。どうか触れずにお見捨て下さい」
 口の動きと言葉が一致している。本当にこの亀がしゃべっているようだ。
「そうは言うが裏返しでは苦しそうだ。自力では起き上がれないのだろう?」
 手を伸ばすと「やめて下さい!」と強く止められた。
「……お前は人が嫌いなのか? 助けを借りるのさえ嫌なほどに」
 車どころか人も通らない。日陰も無い。俺は影を作って熱気から庇おうと亀の傍に座った。すると亀は逆さまの目で俺を見て、とろみのある涙を流した。
「嫌いなはずなどあるものですか。……なぜ人間の若者はそのように無防備に心優しいのです。なぜ私のようなちっぽけな亀を助けようなどとして下さるのです」
「その状態じゃ苦しそうだと思っただけだ。せめて水のある所まで連れて行ってやりたい」
「そのような心持ちの方を嫌いになれましょうか。助けてもらっては好きになってしまう。友人になってほしいと願ってしまう」
「友人か、嬉しいな」
 動物相手でもそう思ってもらえるのは光栄だ。では、と手を伸ばすと「やめて下さい」と再度言われた。
 つー……と糸を引くように亀の涙が地面に落ちる。こんもりとした、小さな珠のような水滴だった。
「……私は竜宮の亀です。浦島太郎をお連れした亀です」
「浦島太郎って、昔話のか?」
「はい。私は浦島太郎を酷い目に遭わせてしまいました。取り返しのつかない罪です。助けてもらって嬉しくて、友人になりたいと願ってしまって、彼の全ての時間を奪ったのです」
「しかしそれは乙姫の仕業だろう? お前にも罪はあるだろうが、引き留めたのは乙姫だ」
 罪の重さを量れば乙姫の方が重いように思う。亀はいいえ、いいえ、と首を振った。
「乙姫様はお優しい方です。全て私を憐れんでの事でした。――万年もの時を生きる私はいつも寂しいと嘆いておりました。誰もかれも私ほどに生きてはくれない。それが辛くて嫌でした」
 ならばここに永遠の都を造りましょう――乙姫はそう微笑んだと言う。
 白の砂に輝く城。鰭を翻す舞姫の魚たち。楽を奏でるタコや貝。皆で楽しく暮らしましょう、と。
「浦島太郎を後先も考えずに連れ帰った時も、乙姫様は優しく仰って下さいました」
 ――心配しないで。私に任せておきなさい。
「数十年しか持たぬ人間の体を海に留めて命の流れを閉じ込めて、乙姫様は永い夢を見せて下さいました。乙姫様と力を合わせ、魚たちの命も本来よりもうんと永らえさせました」
 ゆっくりと亀の涙が溜まり続ける。珠は膨らみ、その球面に海の底の幻影が浮かぶようだった。
「やがて浦島太郎が帰りたいと言うと解放し、命を消耗させた魚たちは崩れて竜宮の砂に還りました。そして私は再び地上に出て、私を救って下さる方を海へとお連れするのです。何度も何度も」
 何度も何度も――と亀は繰り返す。
「……乙姫様は何度代替わりをされたでしょう。竜宮はどれほどの魚たちの命で埋めつくされたでしょう。私はもう嫌なのです。耐えられません。百年では足りない。千年でも足りない。なぜ誰も万年生きてはくれないのですか。なぜ永久に傍にいてはくれないのですか」
 いつしか亀は泣くことをやめ、じっと俺を見つめていた。
「お捨て置きください、どうか。やっとここまで来たのです」
「……竜宮城は、今は」
「潰えました。潰えさせました」
 幽玄の宴、白く輝く海の都、極彩色の魚に迎えられる優しい浦島太郎。亀を救い続けようとした美しい乙姫――。
「そうか」
 立ち上がると直射日光が亀の全身に当たった。亀の傍を離れて木陰に入り、裏返しの亀を見つめた。
 真夏の日差しは亀に降り注ぐ。涙の水たまりは痕を残して蒸発し、亀の体の水分も早送りをするように奪われていく。
 水を、と動きかけたが、強く睨まれ足を止める。
 苦しげに体を揺らす亀の頭が焼けた道路に付き、力無く垂れた手足も熱された路面に焦がされてゆく。
 じゅわあ、じゅわあ、と音さえ聞こえそうだった。
 何かを求めるように亀の口が動く。それを聞いてやりたかったが、亀は結局何も言わなかった。
 干からびた肉と甲羅だけを残し――亀は死んだ。
 甲羅だけでも海に還そうと拾い上げた時、微かな風が吹いた。ほんのわずかなその風に吹かれて甲羅も皮も粉々に舞う。
 そうして亀は一片も残さず、消えてしまった。


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このストーリーに関するコメント

17/04/17 霜月秋介

待井小雨さま、拝読しました。

誰も彼もが自分より先に死んで行く。亀の悲しみは尋常じゃなかったでしょうね。長生きするのはいいことなのでしょうが、そういった悲しみを考えると、寿命が長いのも良し悪しですね。いいお話を有難うございます。

17/04/19 待井小雨

17/04/19 待井小雨

霜月秋介 様

感想ありがとうございます。
不老長寿は夢がありそうですが、実際にそんなことになったら恐怖以外の何物でもないですよね。
同じ時を刻んでくれる仲間がいなくては発狂ものだろうな、と。
皆と楽しく暮らした竜宮城を滅ぼした亀の思いを汲んで、主人公には死を見守らせることにしました。

17/04/25 クナリ

現代の町の何気ない片隅で、彼らのいる空間だけに起こる不思議な世界……。
独特の空気感が印象深いです!

17/04/27 待井小雨

クナリ 様
感想ありがとうございます!
誰でも知っている昔話の亀が、どこかの町で罪を告白してただ死ぬ。主人公以外には誰ひとりとして見届けるもののいない亀の終わりを書いてみました。
独特の空気感との評価、嬉しいです!

17/05/05 むねすけ

読ませていただきました
ひっくり返った亀・助けてやりたい男
浦島太郎の話から、万年生き続ける亀のための竜宮を考えついた発想力も素晴らしいですが
亀の所作の描写、男の亀を気にかける心情の描写が細やかで
映像を見ているようでした
面白かったです

17/05/08 待井小雨

むねすけ 様

感想ありがとうございます。
昔話では乙姫と浦島太郎がメインであり、亀は途中からあまり存在感がなくなるように思います。「その亀は何を思って連れてきたのだろう?」とこの話を思い付きました。
亀の所作や主人公の心情を汲み取っていただけて嬉しいです、ありがとうございます!

17/05/22 光石七

入賞おめでとうございます!
遅ればせながら拝読しました。
浦島太郎の亀に着目された発想がまず素晴らしいですね。
亀の苦しみ、命が消えゆく亀を見守るしかなかった主人公、情景と心情の描写が繊細で、ひしひしと胸に伝わってくるものがあります。
切ない余韻の残るラストも秀逸でした。
素敵なお話をありがとうございます!

17/05/24 待井小雨

光石七 様

感想ありがとうございます。
浦島太郎と乙姫と亀。今回のテーマを書くにあたり、この内の誰を主人公にしよう……と悩みました。万年の命を持つ亀が悲しむ状景が浮かび、この物語を書きました。
もし亀を助けていたら、この主人公も「浦島太郎」となっていたのかもしれません。
最期まで亀の望む通りに見守るしかなかった――出来なかった主人公の存在が亀にとって救いにもなればな、と思いながら書きました。
素敵なお話と言っていただけて嬉しいです!

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