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解場繭砥さん

純文書いたりSF書いたりする自称人造人格者。

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線路は続かない

17/04/11 コンテスト(テーマ):第131回 時空モノガタリ文学賞 【 電車 】 コメント:0件 解場繭砥 閲覧数:384

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 線路はどこまでも続かない。そんな揶揄を始めた日から、僕は子供ではなくなった。

 そうじゃない。とても子供だった。

 どっちなの? 人はどうなったら大人なのでしょう。そんな風に問い続ける自分自身を確認することで、わざと答えを出さずに僕は安心しているのだ。

 よくある日常のように、その朝も電車は遅れ、イラついたおじさんは電車が揺れるたびに舌打ちをして、無表情な女が過剰な絵文字を入れたメールを打っていたりする。
「――線は××駅にて発生しました人身事故の影響により、現在運転を見合わせております……」
 こんな寿司詰め状態だというのに完全に止まってしまった。人身事故ってやっぱりアレだよな。××駅、名所だし。とはいえ何も朝にやることはないだろうに。しかもこんな晴れた朝に。人身事故、という言葉の極限までの軽さ。そして、その意味を改めて考えた時の極限までの重さ。その重さを人が皆優しさを発揮して真摯に受け止めたりしたら、人類はとっくに絶滅してしまうだろう。支えきれない悲しみのために。
 前日の晴れの予報を、外れとは逆方向に裏切る、完璧なまでの快晴だった。昨日の日曜日に雨で濡れた桜が、涙を急激に乾かすようにちょうど満開だった。
 身体が変形でもしたかのように詰め込まれた勤め人たちの中には、昨日花見をやり損ねた人もいて、花見など何年もできぬ人がいて、花見などしたくない人がいて、そんな人たちのことなど全く意にも介さず、染井吉野は咲き誇っていた。
 その染井吉野はどこにあるかといえば、小学校の校庭である。ちょうどその地点で電車は止まってしまった。桜の美しさが勤めに出る人々の心をざわつかせるように、子供たちの無邪気な声もまたざわつかせる。桜の美しさも自らの眩しさも知らぬ子らが駆け回って歓声や奇声を上げる。

 せーんろはつづくー、よー、しゅうてんまーでー……。
 そんな歌を歌っていたのはあの頃だろうか。
 一緒に歌っていたまっつん、元気かな。お互いに一生の親友とかいって、結局卒業したら一度も会うことはなかった。結婚したことはなぜか知っている。なぜかも何もない。子供が切れても親同士が繋がっていたりするからだ。
 そんな歌を歌って、世の中やら真実やらを見抜いた気になる眩しい世代を、まっつんはあるいはもう育てている頃かもしれない。

 始業のチャイムが鳴り子供たちが校舎内に消えても、電車は少しも動く気配がない。会社にすみません、遅れますとメールを打つ。遅れているあいだは仕事をしないで良いのは少し安堵するが、それはサービス残業時間がそれだけ長くなるだけの話だ。

 線路は続くよ、終点まで。山手線に終点はないよ。もう少し大きくなったら、そんな言い方もした気がする。あれは弟に言ったのだったか。誰かが何かを見抜いた。そうしたら何かを見抜いた誰かを否定して、さらに何かを見抜いた。つもりになった。それもまた、無邪気な話。
 ぐるぐると永遠に回り続ける、ほぼ仕事と睡眠だけの日々。回るだけ必死に回って、結局は何を得るのかわからない。わからないけれど、やらなければいけないことをやるのが大人だと、そう思っている。

 そんな日々が、今少しだけ停止している。陽光と桜と子供たちと、輝ける世界。大人たちは耐えている。耐えるから大人だと思っている。耐える自分を心の中で褒めることで、生きる方法を見出している。
 だからこの電車の中には舌打ちする人やむっつりした人はいても、怒鳴る人はいない。文句を言う人はいない。みんな大人だから。やるべき義務を果たす、優しい人たち。本当の優しさなのかどうかは、正直わからない。

 いったいどのくらい時間が経っただろうか。事務的な、日常的なアナウンスと共に、ぐらりと車体が揺れて、いつもよりゆっくりと電車は動き出した。爽やかな風が窓から入ってきて、湿度を少しだけ散らしてゆく。
「先方の電車が詰まっておりますため、速度を落として運転しております……」
 決して急がない、大人たちに不似合いなリズムで電車は進んでゆく。
 がたんごとん。がたんごとーん……子供だけが口ずさむことを許される、歌にも満たない擬音の連呼。頭の中で口ずさむ。

 あんな歌を歌ったのも、それを反例をあげて批判したことも、こうやって毎日電車に揺られたことも、全て思い出。走馬灯というのは本当だったんだな。ほんとうに、取るに足らないものか次々と映るんだ。ああそうだ、人身事故というのは、これから次の瞬間僕の身に起こることだった。ふわりと、身体が浮いている。僕はもう大人でもなくなる。

 そうじゃない。僕はまだ子供だった。

 そんな自分を、何度目か頭の中で演じて殺し、何度も頭の中で宙を舞い、そうしてあともう少しだけ無邪気に暮らす。
 たぶん、日常はぐるぐると、もう少しだけ続く。


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