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冬垣ひなたさん

時空モノガタリで活動を始め、お陰さまで3年目に入りました。これからも勉強を重ね、たくさんの作品を書いていけるよう頑張りたいと思います。 写真を撮り、絵も描きます。こちらでupするなかで、特に記載のない画像は冬垣の作品です。 ・ツイッター https://twitter.com/fuyugaki_hinata ・時空モノガタリでもお読みいただける、拙作「渋谷スイングバイ」の動画があります。 内容は同じですが、音声読み上げ朗読、エンディング付きです。 「softalk朗読渋谷スイングバイ」  https://www.youtube.com/watch?v=6nsb8bo8Egs (=は半角に直してください)

性別 女性
将来の夢 いつまでも小説が書けるように、健康でいたいです。
座右の銘 雄弁は銀、沈黙は金

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鮮魚列車

17/04/10 コンテスト(テーマ):第131回 時空モノガタリ文学賞 【 電車 】 コメント:6件 冬垣ひなた 閲覧数:260

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「親父、行ってくる」、定期入れに挟んだ写真を手に呟くのが毎朝の日課だった。
 春の訪れとともに、ようやく栄二の立つ駅のホームもこの時刻、朝日が照り返し寒気が緩むようになった。早朝4時の鮮魚の仕入れで一仕事を終えた栄二は、くたびれたナイロンコートのポケットに入れてあった栄養ドリンクの蓋を開け一気に飲み干す。徐々に老いの忍び寄る体に気を使って、妻が手渡してくれたものだ。
 栄二の足元には、発泡スチロールや段ボールの箱が積み重なっている。貴重な商品だ。
 午前六時半ごろ。
『間もなく団体貸し切り電車が参ります。一般のお客様はご乗車になれませんので、ご注意ください……』
 アナウンスが入り、栄二は重い荷を手にした。ホームに近づいてくる近鉄電車の赤い車体には正面に太い線と細い線が引かれていて、列車上部に掲げる方向幕の『鮮魚』の文字は、行き先も告げず、この列車に乗り込む者の全人生を物語る。
 列車が停まりドアが開くと、間髪入れず栄二は伊勢湾でとれたばかりの魚介類の詰まった箱を車内に積み、そして一緒に乗り込んだ。


 緩やかに発車した車内には吊革も吊り広告もない。栄二の他には顔なじみの男が一人いるだけだが、すぐに彼はシートに横になって眠ってしまった。
 ……伊勢湾に面した三重県から奈良を通り、大阪・上本町駅に到着するこの『鮮魚列車』は、日本最後の行商専用列車だ。栄二は列車にその日の売り物を乗せ、店のある大阪まで一緒に通勤する、そんな生活をもう30年以上続けてきた行商人の一人だった。
 列車は山間部を抜け、のどかな車窓が続く。弁当を広げながら、栄二は再び定期入れの写真を眺めた。モノクロの写真には若い頃の父と、幼い栄二が家の前でかしこまって写っている。
 大阪に鮮魚店を構え、栄二に商売のイロハを教えたのは、父の洋(ひろし)だった。もとは漁師をしていた海の男であったが、ある時理由も言わず船を売り払って行商人になったのである。少年だった栄二は、自分も漁師になるつもりでいたので、父の心変わりに面食らい、内心不満を覚えていた。
「行商なんて、他人が獲って来た魚を売るだけやないか。それを大阪みたいな商人の町で算盤はじく店開くなんて……無茶や」
 不安を胸にしまったまま、父子で乗り込んだ鮮魚列車は、大変込み合っていて座る場所もないほどの賑わいだった。大阪は儲かる。その噂が人を呼び、ついには団体列車を走らせるほどの大人数に膨れ上がり期待の膨らむ光景の中、商い向きでない洋の強張った顔を、栄二は今も覚えている。
 列車は幾つかの停車駅を過ぎ、奈良県に入る。ここから先は一路大阪だ。栄二は座席に横になり、いつものように仮眠を取った。
 

 夢の中での父は年老い、病室のベッドの上に横たわっていた。
「わしはなぁ、もう歳だ。店をしっかりやれよ」
「親父……」、栄二はそれ以上の言葉が出ない。
 商売は当たりだった。新鮮なアジやタコやカレイ、時には伊勢海老を店先に並べた二人の店に、大阪の目敏い客はこぞって集まった。洋は魚を捌けるし目利きができる。伊勢の元漁師に厳選された海の幸は、たちまち巷の評判になった。
「ほんま、とれたてやね」
「いつも美味しいわ、ありがとう」
 地元の海産物を感謝され働くうち、栄二の心は徐々に変わっていった。お客の喜ぶ顔が見たい。鮮魚列車に乗って毎朝魚を運ぶ労苦も消え、栄二たちの笑顔が輝いていった。
「漁師をやめたことに後悔はしとらん」
 命の終わりが近づいたとき、洋は言った。
「栄二……わしは船乗りだ。海の恐ろしさはよう知っとる。わしは跡を継ぐお前のことを考えると、陸に上がるのが一番と思った」
 妻子も持ち一人前の男に育ったはずの栄二を、洋は最後まで細かに心配していた。 
「電車はな、船と違って安心だ。ちょっとばかり居眠りしても、毎日無事にお前と魚を送り迎えしてくれる……」
 形見の写真は、洋が漁師の時から肌身離さず持っていたものだ。
 後悔はないと言ったが、洋の心は最後まで大海原の上にあって、栄二を乗せた列車の安全を、波間から見守っていたのかもしれない。


 ……列車が大阪府に入ると風景が街並みに変わっていく。片道2時間半の遠路がずしりと体に応える午前九時ごろ、ようやく列車は大阪の上本町駅に到着した。
 車外に出した鮮魚の箱を台車に積むと、乗り慣れた鮮魚列車を後にする。又夕刻、これに乗って帰るのだ。ラッシュのダイヤを縫うように走りながら、鉄道の時刻表にも記載されず、それでも栄二の人生を運び続けるこの列車に。
 箱からは海の香りが漂い栄二を包む。
「親父。店は第二の海さ」
 洋の敷いたレールの上を走ってきたが、たどり着いた先はやはり海なのだ……。魚を運ぶ栄二も、父に似た海の男の顔をしていた。
 長旅が終わり、鮮魚店の朝が始まろうとしている。


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このストーリーに関するコメント

17/04/12 あずみの白馬

拝読させていただきました。
日本で唯一の「鮮魚列車」
舞台の使い方が見事のひとことでした。

親子の愛情が伝わる素敵な作品だったと思います。

17/04/12 冬垣ひなた

あずみの白馬さん、コメントありがとうございます。

鮮魚列車は実際に見たことはないのですが、この路線はたまに使うので、こんな所を走っているんだなと身近に感じられました。主人公たちのモデルではないのですが、伊勢から来て鮮魚店をされていた父子を実際に知っているので、この作品には思い入れがあります。お読みいただき感謝します。

17/04/13 待井小雨

拝読させていただきました。
電車という舞台だけにとどまらず、海への思いや息子の為に海を離れた父親の想いなどが感じられ、読みごたえがありました。
波間から父親が見てくれていたら素敵だな、と思いました。

17/04/15 冬垣ひなた

≪鮮魚列車について≫
昔は列車を使い遠い地まで野菜や魚を売りに出掛ける人も多く、こうした風景も各地に見られました。小遣い稼ぎや家計のため、女性が荷を背負い出掛けるケースが多かったようです。
近畿日本鉄道(近鉄)の鮮魚列車は、魚介類を車内に持ち込むと他の客の迷惑になる為、1963年より運行。「伊勢志摩魚行商組合連合会」の会員のみが乗車できます。この会員の方々の持つ店の屋号を「伊勢屋」といって、大阪人の冬垣は昔商店街でバイトしていた頃、「伊勢屋」さんとも知り合いました。評判が良く凄く売れていました、魚も新鮮でシャコが生きてピチピチ跳ねていたのを覚えています。

17/04/15 冬垣ひなた

≪参考元≫
・行商列車 <カンカン部隊>を追いかけて(山本志乃・著)
・近鉄資料館 鉄路の名優(http://www.kintetsu.jp/kouhou/Train/B36.html)

≪補足説明≫
・左の画像はウィキメディア・コモンズから著作権を放棄したパブリックドメインとしてお借りしています。
・右の画像は「写真AC」からお借りしました。

17/04/15 冬垣ひなた

待井小雨さん、コメントありがとうございます。

狭い空間を舞台にする時は、閉塞感を出さないよう遠景まで描くように気を付けています。
父と息子、海へのそれぞれの想いを電車という形で共有して頂ければ、とても嬉しいです。亡くなった後も、父親はきっと息子を見守っていると思います。

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