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泡沫恋歌さん

泡沫恋歌(うたかた れんか)と申します。

性別 女性
将来の夢 いろいろ有りますが、声優ソムリエになりたいかも。
座右の銘 楽しんで創作をすること。

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春の電車

17/04/10 コンテスト(テーマ):第131回 時空モノガタリ文学賞 【 電車 】 コメント:2件 泡沫恋歌 閲覧数:152

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 ホームの最前列に立って黒い線路を見つめていたが、結局のところ、彼女には死ぬ勇気もない。電車が入ってきたので、ふらりと乗り込んでしまった。
 正午、郊外へ向かう電車には彼女を含めて乗客はたった五人。
 彼女と同じシートに、七十代の老婦人と端っこの座席にはスキンヘッドにサングラスのヤクザ風の男。向い側のシートでは二十くらいの若い娘が化粧をしていた。……そして、赤ちゃんを連れた若い母親がうたた寝をしている。
 前抱きおんぶ紐の赤ちゃんはご機嫌みたい、身体を反らしてこちらをじっと見てる。可愛い赤ちゃんだけど、彼女の心の中では嫉妬の炎が燃えていた。

 十五年連れ添った夫が浮気した。しかもただの浮気ではない、相手の女性のお腹には子どもがいるのだ。そのせいで彼女は捨てられた、夫は家には帰ってこない。
 今日、義母に「孫が生まれるので、息子と離婚して欲しい」と懇願された。「貴女に落ち度もないけれど……一人息子の孫を私は抱きたいんです」泣きながら義母は彼女に離婚を迫った。
 たしかに落ち度は無かったはずだ。そう、不妊症で子どもが生めないこと以外は……相手の女性は結婚を望んでいないが子どもだけは生みたいというのだ。
 今までの夫は優しくて良い人だった。結婚前、将来子どもが生まれたら、息子だったらサッカー選手にしたいとか、娘だったら小学校まで一緒にお風呂に入りたいとか、そんな他愛もない夢を語っていた。
 一人息子の彼は家族を望んでいたのに……彼女にはその夢を叶えられない、不妊治療も受けたがダメだった。けれど、そんなことを理由に他所で子どもを作っても、許されるわけがない! 彼女は怒り、そして絶望していた。

「赤ちゃん可愛いわね。八ヶ月くらいかしら? ハイハイして目が離せない頃よ」

 いきなり隣の老婦人が話しかけてきた。子どものいない彼女には赤ちゃんのことは分からない。
「私ね、最初の子どもをあれくらいの時に亡くして……とても悲しかった。授乳しながら寝てしまい……どうやら、窒息させてしまったようなの。毎日泣きながら死んだ赤ん坊に詫びていたわ、あくる年に次の子を妊娠したときは嬉しかった。その後にも子どもが二人生まれたけど、それでも死んだ子のことは忘れられない」
 訊いてもいないのに老婦人は一人で喋っている。
 きっと赤ん坊を見て、昔を思い出したのだろう。「そうですか」と気のない返事をして、やるせない気持ちで、ふと車窓を眺めると流れゆく風景の中、薄桃色の桜が咲いている。――そうか、今は春なのだ。この電車は春の真っただ中を走っているのだ。

 向いの席の赤ちゃんを見ている内に、彼女はこう考えることにした。
 浮気相手に夫を盗られたんじゃない、育児には両親が必要だから、赤ちゃんにお父さんを与えるだけなんだ……と、心を広く持とう、大丈夫、独りになっても生きていける。
 赤ちゃんの笑顔が、彼女の心に春の風を吹き込んだようだ。 

 赤ちゃんが身体を反らして、スキンヘットの怖いおじさんをニコニコしながら見ている。

 サングラス越しに赤ちゃんと目が合ってしまい、柄にもなく男は動揺していた。
 若い頃にグレて、ヤクザの世界に入った男には家族はいない。ヤクザの抗争で人を刺した男が服役するとき、一緒に暮らしていた女から妊娠していると告げられたが、親になる自覚がない男は「勝手にしろ!」と吐き捨てた。
 後ほど、生まれた赤ん坊の写真を送ってこられたが興味すらなかった。
 この電車で赤ん坊と目があったとき、そんな自分の過去を恥じて後悔した。いつか堅気になって我が子に会いたいと強く思った。

 寝坊をした若い娘は時間がなくて、ひと目も気にせず、電車の中で化粧をしていた。駅の終点に着くまでメイクを完成させようと焦っていた。
 この若い娘のお腹に胎児が宿っている。同棲している彼氏の子だが、産もうか産むまいか迷っていた。妊娠を彼氏に告げたら、結婚して二人で子どもを育てようといわれたが、若い娘には子育てなんて嫌だし、もっと遊びたい気持ちがいっぱいだった。そのことで昨夜、喧嘩になって遅刻しそうになった。
 ふと気づくと、同じシートの赤ちゃんがこっちを見ていた。
 つぶらな可愛いお目々、赤ちゃんってマジ天使だよ。あの純心な目で見られたら、こっちまで笑顔になってしまうから――。ああ、やっぱり小さな命は消せない!
 その瞬間、若い娘は母親になろうと決心をした。

 電車が終点に着いた。停車と共に赤ちゃんの母親は目を覚まし、みんな赤ちゃんに軽く手を振って春の電車を降りていく――。
 同じ電車に乗り合わせた人たちが新しい一歩を踏み出そうとしている。
 それぞれの思いを胸に改札口へと向かう、駅を彩る桜の木が、回送になった電車の背に花吹雪が舞い散らす。


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このストーリーに関するコメント

17/04/12 まー

赤ちゃんが様々な人の心を溶かしていく様子が清々しい気分になりますね。
春の息吹と赤ちゃんの生命力や純粋さといったものが重なってとても美しかったです。

17/05/14 そらの珊瑚

泡沫恋歌さん、拝読しました。

この電車に乗り合わせた人がみな、赤ちゃんによって人生前向きに考えられるようになるなんて
すてきなファンタジーだと思いました。
不思議な力によって引き合わせられたのかもしれませんね。

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