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そらの珊瑚さん

🌼初めての詩集【うず】を上梓しました。  (土曜美術出版販売・現代詩の新鋭シリーズ30) 🌼小説や詩、短歌などを創作しております。 🌼作品を置いています。よろしかったらお立ち寄りくださいませ。 「珊瑚の櫂」http://sanngo.exblog.jp/14233561/ 🌼ツイッター@sangosorano 時々つぶやきます。 🌼詩の季刊誌(年4回発行)「きらる」(太陽書房)に参加しています。私を含めて10人の詩人によるアンソロジー集です。アマゾンでお買い上げいただけます。      ✿御礼✿「馬」のオーナーコンテストにご参加いただきました皆様、ありがとうございました。

性別 女性
将来の夢 星座になること
座右の銘 珊瑚の夢は夜ひらく

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江ノ電とわし

17/04/10 コンテスト(テーマ):第131回 時空モノガタリ文学賞 【 電車 】 コメント:4件 そらの珊瑚 閲覧数:187

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 江ノ電が通るたび、まるで地震のように家は揺れるが、築五十年の古い木造家屋なので仕方なかろう。ひどい騒音だったが、八十五歳の耳が遠くなったおかげでそれほど気にならない。年はとってみるものだ。
 結果、昼寝も邪魔されないのだが、あまり昼に寝すぎても夜に寝れなくなるので、程々にしなければいかん。
 この年だ。昼寝したまま永遠に目覚めなくてもそれはそれで幸せかもしれないと思いつつ、死後発見されないまま朽ちていくのも無残だろうから、一日一回は娘から「生存確認コール」がある。「生きてる?」「生きてるよ」「よかった。じゃあね」「ありがとよ」たったそれだけの会話。父と娘とは、なんとそっけないものか。
 妻が生きていた頃、娘は月に一度くらいは里帰りしたが、最近はあまり顔を見せない。まあ、帰ってきてもあまり会話もないし、正直にいうと鸚鵡(おうむ)としゃべっている方が気が楽だ。
「おはよう」といえば「おはよう」と返す賢い鸚鵡は何歳になっただろうか。遠洋漁業の船に乗っていたわしが、六十年ほど前に寄港地のシンガポールで買い求めた鸚鵡。真緑のその羽は今も鮮やかだが、かなりの老鳥であることには間違いないだろう。
 妻は鸚鵡に『若葉』と名づけた。
 ひとり娘には、鎌倉の七里ガ浜から一字もらって『七(なな)』と名付けた。
 あの頃まだ娘は生まれてなく、一人で長い時間を過ごす妻のさみしさが紛れればと思って買った鳥だった。鸚鵡は人の言葉を話す。会話は人のさみしさを埋める。それが鸚鵡にとっては意味のわからない音でも。かつて妻のさみしさを埋めた鸚鵡が今、わしのさみしさを埋めてくれる。
 鸚鵡は妻そっくりの声色(こわいろ)を使う。「カイランバンヨー」と隣の娘さん(おばさんといって差し支えない年齢になったが)の声色や、冬には「イシヤ―キーイモ」の声色も真似る。江ノ電が通過する「ゴトンゴトン」という音もそっくり真似るので「江ノ電が通ったのに家が揺れないのう」と妻と二人何度だまされたことか。そのたび笑い合い、若葉も「アハハ」と笑った。
 まさか自分より先に妻が死んでしまうなんて思ってもみなかった。妻はわしより五つ年下だったし、女の方が平均寿命は長いのだから。三年前、火葬場で煙になって空へ昇ってゆくのをちゃんと見ていたのに、今でも妻が死んでしまったことが現実とは思えない。若葉が妻の声色でしゃべる時、うっかり妻が生きていると思ってしまう。けれど思ってもみなかったことがあるのが人生だ。
 若葉だって、故郷を離れ、遠い日本でニホンゴをしゃべって暮らすなんて思ってもみなかったことだろう。
 その点、江ノ電はいいな。線路の上だけを行ったり来たり。思ってもみなかったこと、なんて、ないのだろうから。

「ただいま」
 うつらうつらしてると、娘の声がした。どうせ若葉の仕業だろう。わしはごろんと畳に横たわったまま、まどろみつつ目をつぶっていた。 すると耳元で「お父さんっ」と声がして、肩を激しく揺さぶられた。これは若葉には出来ない芸当だ。わしは目を開けた。
「ああ、よかった。倒れてるのかと思った。もう、びっくりさせないでよ」
「おお、七か。あわてなくても、わしは生きてるよ。おかえり」
「オカエリ」若葉が妻の声色で云った。
 思っていたことが起きるのも人生だ。娘よ、そう遠くはないうち、おまえがさっき思っていたことが起きるかもしれない。人は誰しも死ぬものだから。思い残すことはそう多くはないけれど、若葉のことだけは気がかりだ。おまえが若葉を引き取ってくれたらいいのだが。今更故郷へ返すわけにもいかんだろう。
 その夜、久しぶりに娘は泊っていくと云い、鎌倉の海で獲れた白魚を肴にして酒を酌み交わした。妻は下戸だったが、どうやら娘は酒飲みのわしの血を継いだらしい。
「ねえ、父さん、わたしここに帰ってこようかな」
「独りでか?」
「うん。離婚したから」
「そうか。いいぞ。なんなら今夜からでもいいぞ。おまえの仕事のイラストなんとかっていうのは、東京でなくても出来るんだろう」娘よ、思ってもみなかったことが起きる、それこそ人生だ。
「イラストレーターね」
 外国航路の船に乗っていた頃は少しは英語は話せたが(とはいっても、はうまっちとかでぃすかうんと、ぷりーず、とかだが)近ごろはめっきり横文字が覚えられない。値引きさせても若葉の値段は大金だった。港の露天商によると鸚鵡は『エンペラーバード』と呼ばれる高貴な鳥だとか。徳川の将軍にも献上されたと云ってたな。
 「オカエリ」わしの声色を真似て鸚鵡がしゃべる。
 ごとんごとん。
 夜の江ノ電が往く。
 オレンジ色の前照灯が部屋の中にまで入り込む。鳥である事を思い出したのか、若葉が羽ばたく真似をしてみせた。羽裏は眼も覚めるような赤色だ。
 どこへも行くな、ここにいろ。


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このストーリーに関するコメント

17/04/11 あずみの白馬

拝読させていただきました。
最後の一文に、完全にやられました。
気丈に振る舞う主人公が最後に見せた本音が複雑に感じられました。

17/04/12 まー

“そうか。いいぞ。なんなら今夜からでもいいぞ。”

なんかじいさんが可愛く思えた一文でした。
妻に先立たれた男というのは情けなくもか弱い面がありますよね。

17/04/23 そらの珊瑚

あずみの白馬さんありがとうございます。

父親と娘の関係ってどこかギクシャクしがち。
最後は書いていて、するりと出てきた一行でした。父親の本音だった気がします。

まーさん、ありがとうございます。

可愛いおじいさんはたぶん愛されます♪
ひとりは自由きままだけど、さみしさもあったのでしょう。
これから親子が楽しく暮らせますように。

17/05/08 泡沫恋歌

そらの珊瑚 様、拝読しました。

このおじいさん、なんだか可愛いですね。
鸚鵡って、たしか100年以上は生きるらしいですよ。
親子3代で飼えるペットといえば、鸚鵡か亀でしょう。

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