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佐々木嘘さん

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あくまで疲労から

17/04/08 コンテスト(テーマ):第131回 時空モノガタリ文学賞 【 電車 】 コメント:0件 佐々木嘘 閲覧数:187

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 とにかくその時の私は疲れていたのだ。泥沼の末の離婚が決まり、根も葉もない噂による職場での居心地の悪さ、祖父の危篤の知らせで毒母の待つ実家。へ、向かう電車の中で私と向かい合わせの椅子には5歳ほどの女の子が足をバタバタさせながら座っている。勿論知らない子だ。
「いやーでも本当に久しぶだねぇ凛子。随分と別嬪さんになって」
 にこにことそう話す女の子は自称、10年前亡くなった祖母の幽霊だ。
「えっと…お婆ちゃん?」
「なぁに?」
「いや…何でもない」
 通路に人が通ったので私は会話を強制的に終わらせて下を向く。どうやらこの子は私にしか見えていないようなので。
「随分とこの電車の中を一人うろうろしていたけれどやっと知り合いに会えて嬉しいわぁ」
出会ってずっと無言を決め込んでいたけれど随分と嬉しそうな顔をするので私は良心が傷んでしまった。仕方ない。この薄っすらぼやけた存在の女の子と話をすべく、人目を欺くため携帯で誰かと話してるフリを装い私は会話を始めだす。
「お婆ちゃん」
「ん?」
「本当にお婆ちゃんなの?その…見た目が幼いから」
「ああ、そうだよ。何だか幼少期に戻ったみたいでね」
「言いにくいんだけど…その…死んでからずっとここに居るの?」
「そうだねぇ。此処がお爺さんとの思い出の場所だからかなぁ」
 大きな目を少し伏せながら女の子は窓の外を見る。
「ああ、お爺さんに会いたいね」
 その物悲しい横顔は確かに祖母の物だった。
 祖父母はとても仲の良い夫婦だ。憧れだった。穏やかで人が良く、春の季節にはいつも2人電車で遠出をして決まった場所でお花見をすると嬉しそうに話していた。だから祖母が亡くなった後の祖父の背中はそれはそれは淋しいものだったのを覚えている。側にいてあげたかった。でも苦手な母の側にも居る事の方が私は耐えられなかったのだ。
「お爺さんの事はね」
「え?」
「私はお爺さんの事が大嫌いだったんだよ」
「え!?」
「だって親同士が勝手に決めた結婚だもの。当時の恋人とも別れさせられてそれはそれは悲しかったわ」
 移り行く景色をぼんやり追いかけながら祖母は話を続ける。
「でもね。あの人、私の事が大好きなのよ。大好きで大好きでしかたがなかったみたいだから、その好きが風邪みたいに移っちゃった」
 ふふふ、と面白そうに笑うと視線を私の顔へと移した。
「凛子ちゃんもね」
「…私?」
「凛子ちゃんも大丈夫よ」
「 」
「凛子ちゃんの良い所、私はいっぱい知ってるからみんなに言っておくね」
「……おばあち、」
「桜さん!」
 突然、祖母の名前を呼ぶ声に会話が途切れさせられた。何事かと思い右の通路側に視線を移し、そしてそれを少し下げると、また5歳ほどの男の子が満面の笑みでこちらを見ていた。
「桜さん!」
「あらまぁ、お爺さんではないですか」
「え!?」
 更にその祖母の台詞に驚くと同時に携帯が音を荒げだす。ディスプレイには母の名前が映し出されている。
「も…もしもし」
「凛子!あんた今どこに居るの!?」
 もしや、と思った。
 それはそれは嫌な予感しかしながらも母の次の台詞を待つ。
「お爺ちゃん亡くなっちゃったんだよ!」
 あ、やっぱり。
「ついさっき息を引き取って」
「あ、うん。……知ってるわ」
「は?何で知ってるの」
 だって、目の前に居るみたいだから。なんて言えず、その代わり私は通話を強制終了させた。
「…えっと…あの、お爺ちゃん?」
「おや、凛子じゃないか。久々だね」
 男の子は無邪気に笑う。
「わざわざ見舞いに来てくれたのかい?すまんね、この老いぼれももう力尽きてな」
 姿かたちと台詞がチグハグ過ぎてもはや笑うしかなかった。
 でも苦しんでいるよりこうして元気そうな姿をしているのが嬉しいのも事実だ。
「ははっ…あははは!もう何で二人とも私より若い姿してるよの!」
 声に出して笑ってしまう。こんな風に楽しいのは何十年ぶりだろうと思うくらいおかしかったのだ。この今のへんてこな状況が。
「あらまぁ凛子ちゃんそんな子どもみたいに笑って…やっぱりその顔が一番似合うわ」
そう言うと祖母と祖父は仲良く手を繋ぐ。
「さぁて、桜を見に行こうか」
「ええ、お爺さんそうしましょう」
 2人はお互い見つめあうと扉の前へと移動した。
「待って!行っちゃうの!?」
「…凛子ちゃん」
「え?」
「私、凛子ちゃんが大好きよ。ねぇ、お爺さん」
「そうだよ。だから大丈夫さ」
 幼い姿の2人は高速で動く電車の扉をすり抜け消えていった。
 あっけなく。
「お爺ちゃん…お婆ちゃん」
 電車は実家の最寄り駅へと順調に進んでいる。
 私はふと自分の左手を見つめた。未練がましくつけっぱなしの指輪が馬鹿みたいだ。
「……夫婦っていいな」
 私の疲労は限界に来ていたのでそのまま深く眠り落ちた。


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