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夜宵 菊さん

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きっかけさえも、拾うもの

17/04/08 コンテスト(テーマ):第131回 時空モノガタリ文学賞 【 電車 】 コメント:1件 夜宵 菊 閲覧数:182

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朝の通勤ラッシュとは違って、西陽の差し込む暖かく何処か寂しげな空気を纏うそこで今日も私は彼を見つめる。


サッカーが強い事で有名な男子校の学ランに、すらりと制服から伸びる手足は高校生らしい華奢さを孕みながらも、骨ばった大きな手にキュンとしてしまう。


(はじめまして・・・、)


少し癖のある可愛い襟足の黒髪。


(私の名前は、・・・いやこれはちょっと一方的過ぎない?)


電車内で珍しくスマホを弄らず、ただただ俯きがちに首を傾けてぼうっとする切れ長の瞳。


(ずっと、見てました・・・これじゃストーカーじゃん引かれちゃう・・・!)


いつも耳に突っ込まれた赤色のイヤフォン。


(・・・どんな曲を、)


その時、ふわ、と持ち上げられた彼の瞳に慌てて視線をあからさまに逸らす。


彼が視線を上げた先、果たして私を見ていたのかはわからないけれど私が彼を見つめていたことは事実なわけで。

それに後ろめたい気持ちがあるからこそ勝手にドキドキしては逃げるように視線を逸らしてしまう。


暫くしてから、ゆっくりと、車内の広告を見渡す振りをして彼をさりげなく視野の中に捉えつつ様子を窺う。


(あ。すごく、眠たそう、)


再び控えめに落とされた視線はうつらうつらとしていて、いつ夢の中に落ちてもおかしくない。

眠たさに反発するように、時々ハッとしながら瞬きを幾つか繰り返す彼。


(・・・可愛い、なあ)


なんて名前で、どんな声で、何が好きで、何が苦手で、どんな風に笑うのだろう。


見つめるだけで恋がはじまるのならば、きっと世界は愛で満ち満ちして溢れだしている。


車内のアナウンスに、椅子に深く背中を預けていた彼は、少し身体を伸ばすように座り直して左手で目を擦る。

相変わらず我慢する気のない欠伸が、どうしようもなく可愛い。


(今日も、何も変わらず、いつも通り、一方通行で、さようなら・・・です。)


頭では現実を受け止めているのに、毎日毎日、健気に最後の最後まで恋する乙女は期待を止められない。

電車が止まって、扉が開いて、彼が立ち上がったその時、


「、」


立ち上がりがけ、扉に向かうために身体を反転させる気怠げな彼の瞳と、そっと、目が合った。

表情を変えることもなく、視線を逸らすこともなく。

彼は淡々と私の瞳を見つめると、背を向けるその瞬間まで視線を合わせていたが、躊躇うことなく電車を降りた。

どっどっどっ、と急激に加速する心音に、込み上げる頬の熱。


「・・・・・・あっ、」


そして、視界に入った彼の余韻のある場所に、彼のものらしきシンプルな定期入れ。


悩む暇もなく、慌てて立ち上がってそれを拾い上げる。

急いで電車を降りた私は善良半分、恋する乙女半分。


改札に向かおうとすれば、階段をゆったりと降りるその背中に思わず大きめな声を掛けた。


「あ、あの!」


(イヤフォンをしている君には大きな声を出さないと、きっと届かないから。)


私の声に条件反射のように顔を向ける人は居たけれど、彼はわざわざ歩みを止め、ゆったりと振り返り迷うことなく私を見つめた。



「──やっぱり拾ってくれると思った。」


「・・・え?」



ふわりと微笑む彼の耳にイヤフォンはない。


きっかけは掴んだ。じゃあ後は、


「あの、どっ、どんな曲を聴くんですか・・・!」


明日もあなたと話す理由をください。



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このストーリーに関するコメント

17/04/09 浅月庵

灰芭とわ様
作品拝読致しました。

爽やかな作品でとても好みです。
思わずキュンとしてしまいますし、
最後の一文が何とも可愛らしく、応援したくなりました。

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