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森伸さん

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菜の花電車

17/04/08 コンテスト(テーマ):第131回 時空モノガタリ文学賞 【 電車 】 コメント:0件 森伸 閲覧数:175

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最近疲れていた。電車に乗ると、乗り越してしまうことが多い。昨日は終点まで乗ってしまった。会社の仕事が忙しくて、疲労が澱のように体に溜まっている。経理事務の仕事で、神経を使うものだ。仕事を終えて会社を出るときは、目がかすんで足が重いことが多い。今日も夜の9時まで残業だった。それが終わって、各駅停車の電車に乗り込む。いつもは空いているのだが、今日は乗っている人が多い。金曜の夜だから、会社帰りに出かけた人たちが家に帰るところだろう。
運よく開いている席を見つけて、腰を下ろす。私の隣りには初老の女性が座っていた。彼女の白髪を見て、故郷の母のことをふと思い出す。この前電話した時は、認知症の検査を受けて異常がなかった、と嬉しそうに言っていた。
何度もあくびをして、目を閉じた。電車の揺れが体に伝わり、眠気が押し寄せてくる。今日は居眠りしないぞ、自分に言い聞かせていたのだが、眠ってしまうようだ。
電車が急に止まった時に、目を覚ました。ふと窓の外に目をやると、菜の花畑が広がっている。鮮やかな黄色が目に沁みる。一体どうしたんだ? 夜なのに菜の花畑を走っている。
電車の外をもう一度見る。菜の花畑以外は見えない。電車はまるで黄色いじゅうたんの上を走っているようだ。乗っている人は少なくなっていた。先ほどまでこの車両はほぼ満員だったのに。私の斜め前におばあさんが座っていて、舟を漕いでいる。電車の中には、暖かな春の日差しが差し込んでいて、居眠りをしているおばあさんの頬は林檎のように赤くなっていた。
訳が分からなくなった。家に帰るために電車に乗ったのに、全く知らない菜の花畑の中を通る電車の中で、目を覚ました。たぶんこれは夢なのだろう。夢にしてはリアルで、菜の花の花びらが、そよ風に揺れているのが見えた。
少し眠ったようだが、相変わらず体の疲れを感じて、目を閉じた。夢なら夢で良いと思う。毎日毎日が大変なので、せめてこんなのどかな夢の中でほっとした気持ちになりたい。そう思って、また目を閉じた。春の日差しが心地よい。目を閉じても、菜の花の残像が残っている。体全体が黄色に染め上げられそうだ―――。
電車が大きく揺れて、再び目を覚ました。
「お疲れのようね」
隣に座っている女性がくすりと笑って、呟く。ふと見ると、私はその女性に寄りかかっていた。眠っている間に体の姿勢を変えてしまったらしい。恥ずかしくなって、
「すみません」とつぶやく。
「いいのよ。仕事が大変なのでしょう。私の息子もあなたぐらいなの。電車の中でときどき居眠りをするらしいわ」
その女性は眼を細めていった。恥ずかしくてたまらなかったが、嫌な気分ではなかった。肩の荷をほんの少しだけ下ろしたような気持ちになる。
自分の降りる駅が近づいてきたので、一礼をして立ち上がった。
女性も笑顔で頭を下げる。
電車を降りた時に、故郷の菜の花畑が頭の中に浮かんできた。小学校の5年生まで住んだ家の前は、菜の花畑だったのだ。その中を通って、学校に通っていた。まだあの畑はあるのだろうか。久しぶりに故郷に帰ろうと思った。ここ二年ぐらい仕事が忙しくて帰っていない。有給が残っているので休みは取れるだろう。時間を取って、あの菜の花畑を見にいってみたい。母親も喜ぶだろう。故郷に帰ることを決めると、少しだけ足どりが軽くなった。私は夜道を自分のアパートへ急いだ。


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