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雪見文鳥さん

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電車姫

17/04/08 コンテスト(テーマ):第131回 時空モノガタリ文学賞 【 電車 】 コメント:2件 雪見文鳥 閲覧数:169

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 何かに見られているような気がして、私はふっと顔を上げた。見れば、私の向かいの席に座っている、黒髪の女の子がじいっとこちらを見つめていた。文庫本で顔を覆い、本に熱中しているふりをしながら、その目はしっかりとこちらを捉えている。午後4時、たそがれ時の電車の中、私の心は奇妙な緊張感に包まれていった。
 しかし、しばらくして、女の子が見つめているのは私じゃなくて、私の隣に座っている雄一だと分かった。よく見れば、雄一を見つめる女の子の瞳が若干うるんでいる。私はその様子を、ただ呆然として見つめるしかなかった。
「あれ、お前どうしたの? なんかぼんやりしてない?」
 横から雄一が、私に呑気な声をかけた。あの、あなた今、目の前にいる女の子から見つめられていますけど、と言おうとしてやめた。


「私は今まで、誰とも付き合った事ないんだ。それどころか、この年で初恋もまだで」
 紡いだ言葉が掠れていた。
「だから、誰かを恋愛対象として愛するって事が、どういう事が良く分かっていないんだ。こんな私と付き合ったって、いい事無いからやめたほうがいいと思う」
 これが、以前雄一に告白された時の、私の返事である。我ながら酷い振り方だなあと、自分でも思う。
 ただ、雄一はそんな私の事を、一切咎めたりはしなかった。それどころか「今後も友達として仲良くしてほしい」なんて言われた。
 雄一は、今でも私の良い友達だ。幸い雄一とは趣味が合うため、会話はそれなりにはずむ。ただ、私と雄一がそれ以上の関係になることは遂になかった。
 翌日も大学だった。放課後、私と雄一が乗り慣れたいつもの電車に乗った時、またしても例の女の子が、雄一の事をじいっと見つめていた。
 雄一を見つめる、その女の子の瞳はとても美しかった。明るいヘーゼルナッツ色の目。本当に大好きなものだけを、愛おしそうにうっとりと見つめるその瞳。
 ――あぁ、この子は、雄一の事が好きなんだな。
 恋愛経験の乏しい私が、この日そう気づくことが出来たのは、数日前に読んだ恋愛小説のお陰だった。私、恋愛感情ってどういうものなのかさっぱり分からないんだよねと友人にこぼしたところ、じゃあこの本貸してあげるから勉強しろと言われて読んだ。
「相手を目で追っている事に気づいたら、それが恋の始まり」
 その恋愛小説には、そう書いてあった。

 あの後も、私と雄一はあの女の子と何度も電車で鉢合わせした。女の子は相変わらず、雄一の事をきらきらとした目で見つめている。
 次第に私も、その女の子に関する事がいくつか分かるようになっていた。まず、あの子は都内のA高校に通っている。着ている制服で分かった。あの子はいつも夕方の3時半に、御茶ノ水駅から私たちと同じ電車に乗り、そして船橋駅で降りる。
 決して目立つタイプの子ではないけれど、清楚な雰囲気を持つ、美しい女の子だった。黒いさらさらの髪は、まるで絹糸のよう。いつしか私は彼女の事を、頭の中で『電車姫』と呼ぶようになっていた。
 電車姫を見ると、あの日雄一を振った時の事を思い出してしまう。
 雄一と一緒に居るのは楽しい。友人としてなら、雄一は最高の部類に入ると思う。私なりに、雄一を大切にしているつもりではいた。ただ、電車姫が雄一に向けるような、強い感情を雄一に向けてあげることは出来なかった。
 あんな強い感情を、私は知らない。
 彼の全てを愛おしく思うような、そんな感情は知らない。1人の男性に、自分の中の一番大切なものをぎゅうっと掴まれたような、そんな気持ちになった事は無い。黙っていても、隠していても、自然と思いが溢れてしまうような、そんな体験をしたことは、無い。
 多分、ああいう気持ちを、人は恋と呼ぶのだろう。
 私の知らない感情を、電車姫が知っている。
 そう思った瞬間、私の心の中で、何かがみしりと音を立てた。理由は分からない。私はただ、胸のあたりを黙って押さえ続けた。
 胸の痛みに耐えながら、私はこの苦い感情に名前を付けることが出来ずにいた。


 そんなある日、例の電車で、雄一は電車姫と出会ってしまった。
 雄一が座席に座っていたところ、電車姫が少し重そうな荷物を抱えて電車に入ってきた。
「すみません、席かわりましょうか」と言って雄一は立ち上がり――そして2人は目を合わせた。
 その瞬間、雄一の瞳に特有の色が浮かんだのを、私は見逃さなかった。電車姫のそれと同じ、恍惚と切なさが入り混じった瞳。
 私の心の中に苦いものがぶわりと広がった。あの日、雄一を振った私が、こんな事で悲しむ権利は無い。そう知りながらも私は、この苦い感情を止めることは出来なかった。
 電車姫が船橋駅で降りてからも、雄一は電車姫の後ろ姿をいつまでも見つめていた。
 ――相手を目で追っている事に気づいたら、それが恋の始まり。


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このストーリーに関するコメント

17/04/09 まー

恋愛感情や言葉にならない複雑な感情の描写の仕方が細やかで、自然と感情移入をしながら物語に入っていけました。
仮に主人公と雄一が付き合っていたら、雄一は電車姫と会ったときにどんな反応をしたのでしょうね。気になります(笑)。

17/04/09 雪見文鳥

まー様
コメントありがとうございます! とても嬉しかったです。
描写の仕方が細やかと言って頂けて嬉しいです。まだまだ不十分な部分が多いので、引き続きコツコツと頑張ります。

実は初期設定では、主人公と雄一は付き合っていました。ただ、その場合主人公が「雄一の事恋愛対象として見てないのに何となく雄一と付き合ってる状態」になってしまったため、なんか嫌だな主人公の事好きになれないなあ……と思い、設定を変えました(笑)
雄一と付き合ってる場合……雄一は電車姫と付き合ったりするようなことは無いと思いますが、大分心は揺れてしまうんじゃないかなーと思います。

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