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秋 ひのこさん

歯について考える時、右と左がよくわからなくなります。右奥だっけ、左奥だっけ。虫歯が絶対にあると思われるあの場所を伝えるべく「ええと、右です。そして上な気がします」と言ったら先生が「うん、上は上でも左ですよね」とか言う瞬間が恥ずかしいので、虫歯は放置しているような人間です。こんにちは。 

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車内放送

17/04/06 コンテスト(テーマ):第131回 時空モノガタリ文学賞 【 電車 】 コメント:0件 秋 ひのこ 閲覧数:258

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 地方の中核都市。郊外から市街まで十駅を結ぶ東西線は、四両編成の市民の足である。
 車内で女子高生が話している。
「そういえば、あの変な車掌のアナウンス、今日ないね」
「K子、昨日休んだじゃん。昨日が最後だったんだよ。『皆様、わたくしは本日をもって退職でございます』って言ってた」
「あ、そうだったの?」
 え、そうだったの? ネットニュースを読むふりをしつつ、T田は女子高生の話に耳をそば立てる。昨日は出張だったからな。聞き逃した。
「結局一週間くらい? あたし結構好きだったけどな。ちょっと面白かったじゃん」
 そうだよね! 面白かったよね! タブレットで今日の会議資料を確認しながら、Y美は頭の中でうんうん頷く。
「最後の放送も良かったよ。アッパレとか言ってた」
「は?」
 そうそう。最後の放送は良かった。件の車掌と同世代のM林は目を閉じて思い返す。

『雨の日も風の日も、皆様を乗せてこの東西線を走らせることがわたくしの喜びでした』

『重い気分の朝もあるでしょう。朝から腹が立って仕様がない日もあるかもしれません。わたくしもそうです。しかし、それでも当列車に乗り目的地へ向かう皆様は、誠に天晴れでございます』

「ちょっと説教臭いんだけど、ビミョーに聴いちゃうっていう」
「あと駅に着く度に『いってらっしゃいませ』って言うアレね。『今日も良い一日をお過ごしください』って。今日テストだよ、良いことなんかねーよって思うんだけど、なにげに頑張るかってなったよね」
 本日20社目の面接へ向かうF子は、そうなんだよねと小さく頷く。誰もいってらっしゃいなど言ってくれない。どうせ今日も無駄足に終わるだろうと冷えびえとした胸に、ふいに頭上から届いた『いってらっしゃい』。あれには妙に救われた。
「ツイッターとかで賛否両論だったらしいよ。元気づけられたとか、反対にうるさくて拷問だとか。あたしもツイートしたもん」
「したの? 何て?」
「東西線のアナウンスが面白いことになってるって」
「あ、これ見て。G山電鉄のツイッター。お詫びが出てる」
 え、お詫び? W島は急いでツイッターを開く。昨日の日付でそれらしいツイートを見つけた。

〈東西線をご利用のお客様へ 二月二十日から二十八日にかけ、車掌による車内放送で大変ご迷惑をおかけしましたことを深くお詫び申し上げます。重大な服務規律違反であり、度々厳重注意を行いましたが……〉

「服務規律違反だって。なんかお固いなー」
「車掌の応援コメついてる。あたしもしようかな。可愛そうじゃん。これで退職金カットされたりしたらどうするよ」
 まったくだ。企業はそういうところが非情極まりない。先月リストラされたH山は奥歯を噛み締めツイートを睨む。情け容赦なく自分を切り捨てた会社への強い非難が、H山の指を動かす。G山電鉄よ、車掌を責めるな。恩赦を請う。



 その前夜、市内の居酒屋では件の車掌の送別会が行われ、ベテラン運転士と新人のふたりが部屋の隅の方で酒を酌み交わしていた。
「世間体もあるからやっぱり退職金一部カットだってよ」
「えー、それ逆に火に油を注ぎませんか。世間では車掌擁護が強くて感動秘話になってますよ」
「まあ、動機がな。……シマさん、孫がいるだろ」
 シマさんは、話題の車掌だ。
「ええ。小学生でしたっけ?」
「中学生だよ、思春期だよ、反抗期だよ。もう爺ちゃんなんか相手にされないよ。それでだ、そんな孫に認めてもらおうと、こうだよ」
 べテランがスマホ画面を見せた。動画が幾つか。

『東西線の駅名をソラで言えるじいじ』視聴回数17
『東西線の時刻表をソラで言えるじいじ』視聴回数9
『東西線車掌の物真似をするじいじ』視聴回数35

「これ全部シマさんじゃないすか。制服着てないとはいえ、バレたらまずくないすか」
「うん、バレたらな。でもバレないんだよ。全く拡散されないから。昔は『電車運転するなんてじいちゃんすげえ』って言ってくれた孫だ。もう一度『じいちゃんすげえ』と言わせるにはこのご時世ネットしかないって気づいたところまでは良かったんだけどさ、まあ、イタいわな。結果と共に」
「あちゃあ……。で、最後の手段があの車内放送ですか」
「アイデアはすごいが、無茶するよな。定年退職に傷つけたようなもんだよ」
「でもまあ、めでたくネットで話題のネタトップですよ。孫もじいちゃんすげえってなるでしょ、さすがに」
「それがなあ」
 ベテランはスマホをぽいと机に放った。
「肝心の孫はスマホのし過ぎで成績ガタ落ちして、一週間前に親に携帯没収されたままだってさ」
「えー……、じゃあ見てないんすか、この一連のニュース」
 ふたりは上座のシマ車掌を見やる。仲間に囲まれ上機嫌で大笑いしている姿に、言いようの無いやるせなさを覚えるのだった。


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