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本宮晃樹さん

ふつうにサラリーマンをしております。 春夏秋冬、いつでも登山のナイスガイ。 よろしくお願いします。

性別 男性
将来の夢 魁! 不労所得!
座右の銘 定時帰社特攻隊長

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思い出トレイン

17/04/05 コンテスト(テーマ):第131回 時空モノガタリ文学賞 【 電車 】 コメント:2件 本宮晃樹 閲覧数:218

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 四十年なんてあっという間だ。
 かたちばかりの花束贈呈に続く白々しい拍手のなか、十五時には退社した。いたたまれなかった。みんなの視線は明らかにこう物語っていた。「役立たずの給料泥棒がようやくいなくなる」。
 なんにせよこれからわたしは自由の身になる。第二の人生が始まるのだ。
 ところで、第二の人生とやらはなにをしてすごせばいいのだろう。それもたったの一人で。
 それは帰りの電車に揺られながら、のんびり考えればいい。

     *     *     *

 景色が遠のいていき、在りし日の思い出が次々によみがえってくる。この電車とも長い付き合いになった。若いころはまだ蒸気機関車だった。
「次は桐谷薫十年前でございます」
 十年前か。窓際に追いやられて久しかった、五十代の苦痛に満ちた日々。まだ降りなくてもよいだろう。
「次は桐谷薫二十年前でございます」
 二十年前か。趣味もなく妻帯しているわけでもなく、いつまでも結婚しないへんなやつ、と思われていた。まだ降りなくてもよいだろう。
「次は桐谷薫三十年前でございます」
 三十年前か。会社の最前線とは言わないまでも目立たない中堅としてがんばっていたと思う。このころの驕りがのちの人生を台なしにしたとも言える。まだ降りなくてもよいだろう。
「次は桐谷薫四十年前でございます」
 わたしは腰を浮かせた。

     *     *     *

「香苗さん」わたしは決死の覚悟で彼女を喫茶店に誘っていた。「今日はそのう……いい日和ですね」
 あいにくの雨天だったが、ほかにうまい文句を思いつかなかったのだ。信じられないかもしれないが、当時は独身の男女が二人きりでどこかに出かけたが最後、そいつらは遠からず結婚するものと目されたものだ。
 香苗さんは同じ会社のBGで、社内でお昼どきに談笑しあう程度には仲よくなっていた。なぜ彼女がわたしなんかと口を利いてくれたのか、いまもってわからない。
「今日は雨みたいですけど」口もとに手を当てて上品に笑う。「あたし、コーヒーに慣れなくて。お砂糖を入れればいいの?」
「通はブラックで飲むもんです」
 彼女はそうした。しかめ面でさえかわいい。「あたし、通じゃなくてもいいかな」
 会話が途切れた(気の利いた話題ひとつ提供できない根暗が意中の女性を誘えば、当然の帰結としてそうなる)。肌寒くけぶる初春、霧雨がしっとりと町を濡らしている。
「あたし、もういい歳でしょう。母がお見合いしろってうるさくて」
 するなと言え。彼女が桐谷薫をどう思っているかなんて関係ない。少なくともわたしはお見合いをしてほしくない。ちがうか?
「いい歳って、まだ二十三歳じゃないですか」くそ、意気地なしめ!
「もう二十三歳なんですよ。周りの娘たちはちらほら結婚してるし」
「本当に結婚したい人とすべきじゃないかな。年齢に追われるのじゃなしにね」
「本当に結婚したい人かあ」香苗さんの瞳が妖しく光った。「桐谷さんはいるの、そういう人」
 たっぷり三十秒は逡巡していたと思う。「さあて、どうでしょうね」
 彼女は一年後に寿退社した。〈痛恨の喫茶店事件〉から一週間後のお見合いで良縁に巡り合って。

     *     *     *

〈桐谷薫四十年前〉で下車した。
 もちろん昭和中期の懐かしい風景が広がっていたなどということはなく、そこは見慣れない地方の駅だった。ずいぶん遠くまで乗り過ごしてしまった。
 ふらふらと駅からさまよい出て、ベンチにどさりと腰を下ろす。
「あの」顔を上げる。品のいい壮年女性が目を見開いている。「もしかして、桐谷さん?」
 鬢が多少ほつれているし、しわも目立つ。それでも……それでも彼女は美しかった。「香苗さんか?」
 わたしたちは顔を見合わせ、それから弾けるように笑った。
「何十年ぶりかしら。四十年くらいかな」
「元気でしたか」胸が痛むのもかまわずに、「だんなさんともども」
 かすかに翳が差した。「ちょっと前に死別したんです、実は」
「それは……お気の毒に」心からのお悔みだった。
「ううん。元気に未亡人やってますよ」香苗さんがとなりに腰かけた。「お互い老けましたねえ」
「ぼくだけね。香苗さんは変わらず美人ですよ」
「年寄りをからかうのはやめてください」
「実を言うとね」堰を切ったように言葉がほとばしる。「あのころ、あなたにすっかりのぼせてたんですよ」
 彼女は大げさに驚いてみせた。「四十年越しの告白、ありがとう」
 会話が途切れた。この状況はあのときに酷似している。するとやはり、四十年前に下車しちまったのか? いやちがう。いまはいまだ。もう過去を振り返るのはやめろ。
「いまも!」立ち上がって拳を振り上げた。「いまも好きです」
 香苗さんは目を細めた。「あたしもですよ」


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このストーリーに関するコメント

17/04/06 まー

古き良き時代などと言われる時代をリアルタイムで経験した者ではないのですが、懐かしい感覚を味わうことができました。また、思い出の遡り方の描写には自然と引き込まれるものがあります。
全国の定年退職したおっさんに心からの拍手!!

17/04/07 本宮晃樹

まーさま
コメントありがとうございます。
ぼく自身一応若者のつもりですので、描写には気を遣いました。少しでも楽しんでいただけたのなら幸甚のいたりです。
早く定年退職したいですね……。

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