1. トップページ
  2. 脆い糸。

水月 鳴さん

見た目と中身にかなりのギャップがあります。 外見はリア充ギャルらしいですが中身はコミュ障のヲタクです。 普段はもっぱらBLですけどそれ以外も書いてみます。

性別 女性
将来の夢 しあわせになること、しあわせを与えること。 誰かの何かを変える作品を創ること。
座右の銘 泣きたい時は泣けばいい。そうしないと笑えなくなるから。

投稿済みの作品

0

脆い糸。

17/04/05 コンテスト(テーマ):第131回 時空モノガタリ文学賞 【 電車 】 コメント:0件 水月 鳴 閲覧数:263

この作品を評価する

「まもなくドアが閉まります。ご注意ください」
そんなアナウンスと共に美咲が階段を駆け上ると、優しい車掌がドアを閉めずに待っていてくれた。ギリギリのところで飛び乗った電車。いつもは必ず電車が駅に到着する五分前にはホームにいるはずなのに、今日は家の鍵を閉めてから忘れ物に気付き、さらに駅までの交通手段である自転車の空気が何故か抜けていたせいで、あわただしい朝になってしまった。
朝はのんびりしたい。ゆとりを持って、穏やかな気持ちで一日を始めたいのに。
そう思いながら、本当は次の電車でも学校には間に合うのにも関わらず全力ダッシュをした。
激しい足音と共に電車に乗り込み、肩で息をする。もっと運動しなくてはいけないかな。頭の片隅でそう思うが、実際行動に移す気なんてさらさらなかった。幼い頃から、身体を動かすということが嫌いなのだ。体育の授業は苦痛でしかない。
胸の下まで伸ばした黒い髪を、右手で纏めて白く細い首筋を晒す。刹那、冷たい空気が纏わりついて体温が下がっていく。べたついた汗も、すぐに乾いた。それを左手で確認してから右手を離す。さら、っと髪が揺れた。
「次は箱作、箱作です」
変な発声で駅名が車両中に放たれる。無駄に一駅を立ったまま過ごしてしまったが、田舎であるこの辺りではまだ座席はがらがらだった。誰一人として座っていない長椅子に腰掛ける。
普段はとっくに小説のページを何度か捲っているはずなのに、今日は鞄から出してすらいなかった。

電車が止まり、ドアが開く。降りていく人は、いなかった。乗って来たのはご老人の女性と一人の男子高校生だ。美咲は、慌てて鞄から小説を取り出し、適当なページを開き視線を落とした。それは何かから逃れるかのようにも見えるだろう。それは、「ある意味」正しい。けれど「ある意味」間違っている。
ご老人の女性は、ドアから近くの座席……美咲の正面に座った。男子高校生は乗り込んだドアの近くに立ったままだ。立ったまま、美咲に視線を向ける。じ、っと美咲を見つめるその視線はレーザービームの様に身体を射る。もちろん、本当に身体に突き刺さる訳ではない。けれど、確実に美咲の身体は熱くなる。その視線が他を捉えることはなく、ただ一点だけを見つめていた。
美咲は、読んでもいない小説から顔を上げ、視線を送ってくる主をじっと見つめ返した。すると、男子高校生……湊は少ししてから満足げに小さく唇で弧を描き、それから視線を逸らした。ポケットからぐちゃぐちゃに丸めたイヤホンを取り出して耳に嵌める。それは、もうこれですべてが終わりだと、他人や周囲とは関わらないという宣言にも見えた。そんな湊の様子を見てから、美咲も小さく笑い、文字の群集へと視線を戻した。
たった一瞬の出来事。これだけのために、美咲は猛ダッシュをしてまでこの電車に間に合わせたのだ。

周囲には知られない、自分たちだけの合図。これだけで、美咲と湊は「繋がっている」という満足感を得る。
学校では一言も口を利かないし、携帯電話でメールや電話をすることもない。休みの日に遊びに出掛けることもない。言ってみれば、「赤の他人」。でも、二人は「幼稚園来の幼馴染」だ。
幼馴染でも、お互いの人間関係や環境を考慮して「関わるべきではない」という決断を下した。地味で友達の少ない、しかし優等生の美咲。派手で交友関係の広い、問題児の湊。真逆に見える二人は実際真逆だった。見た目も趣味も好みも。けれど、一番古い知り合いだという糸はお互いに大事なものだった。
だから、それを無くさないようにいつからか始まったのがこの合図だ。どちらかが言い出した訳じゃないし、約束をしている訳でもない。だがいつの日からか始まったこの合図は暗黙の了解であり、ある種の確認だ。自分達はまだ繋がっているのだという、確認。毎朝数秒だけのコンタクト。これがなくなる頃にはきっと、糸が切れた時だ。なんて不確かで、細く脆い糸なのだろうかと、美咲は時々考える。けれど、脆いから良いのではないかという結論に至りかけて、それでも何処か不安を抱いてしまうのだ。不確かだからこそ、繋がっているうちは頻繁に連絡を取り合うよりも確実なものがあるのだ、と思える。けれど、その確実は簡単に割れて砕ける。いつ来るかの予測が全くつかないその「砕ける瞬間」が異様なまでに怖かった。
揺れる。今のままの綺麗な繋がりでいたい自分と、もっと深く安心が欲しい自分。
本を読む素振りをして、ちらっと湊を見る。窓の外から差しこむ光に、顔の半分が照らされていた。

……その頬に触れたい。

一瞬見えたその感情を、美咲は勘違いだと消すことができなかった。決めたのだ。一歩踏み出してみると。
まだ朝の七時半過ぎだというのに美咲は、明日の朝に早くならないだろうかと願った。


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

ログイン
アドセンス

ピックアップ作品