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入江弥彦さん

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デンオとテツオ

17/04/02 コンテスト(テーマ):第131回 時空モノガタリ文学賞 【 電車 】 コメント:5件 入江弥彦 閲覧数:1335

時空モノガタリからの選評

思春期の精神状態が繊細かつ文学的に描かれていますね。作品全体が「僕」の精神構造を表しているかのような、空間的・意味的多層性が感じられます。「オタク」という言葉のイメージからすると意外な時代設定が魅力的で、導入から引き込まれました。全体的に非常にうまい作品だと思うのですが、特に素晴らしいのは人間の心の奥深くに光を当てた独自のテーマ性ではないでしょうか。世間から打ち捨てられた地下空間は、「僕」の内的な世界を代弁しているかのようですね。また、おそらく以下の文はこの作品の中心テーマになると思いますが、「天にも昇る嬉しさが全身を駆け抜ける。それと同時に、心の一番深い部分が冷えていく」「電車は、いつから彼女と会うための空間に変わってしまったのだろう」という文章には考えさせられます。異性へと向かう本能はその甘美な魅力で心と身体を強力に支配する一方、それとは引き換えに失うものが、確かにあるのだと思います。それは子供時代には感じていたある種の精神の自由さなのではないかと、個人的には感じます。「ライトを前方に向けてみても、ただただ闇が広がっている」という地下空間は、彼の感情を暗示しているかのようです。このようなテーマは時空の数々の作品の中でも、あまり見られなかったも。とても新鮮でした。テーマに独自性と普遍性があり、そこへ収斂していくようにしっかりと組み立てられた構成も、素晴らしいと思います。
 
時空モノガタリK

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 僕は電車オタクだ。
 自分でそう言っているわけではないし、本当はみんながいうほど電車が好きなわけじゃない。
 けれどもそれが僕のイメージであり、まわりからの評価なのだから仕方がない。電車オタクでは長いからと、デンオと呼ばれている。
 クラスメイトが僕のためにとランドセルがパンパンになるほど詰め込んでくれた紙くずを捨ててから、いつもの場所に向かった。
 立ち入り禁止の看板を無視して、ロープをまたぐ。
 地下への階段は草に覆われているので、僕は一年中長ズボンをはいていた。ツタに絡まれた手すりを使って、階段を降りた。ライトで照らしながら、昔は使われていたという自動改札をくぐる。誰が見ているわけではないけれど、お金を払って入っていたという空間に無断で侵入するのは毎回ドキドキした。
 ホームに出れば、圧倒的な存在感を持った主がそこにいた。
 地下鉄だ。
 昔の人は、どうして地下にこんな鉄の塊を走らせようとしたのだろう。人間はどんどん空に向かって進んでいって、いまでは宇宙だってお金を払えば行けるようになった。けれども僕は、空には興味がない。
 ほったらかしにされた地下の世界は、僕に言いようのない興奮を教えてくれたのだ。
 開いたままのドアから電車の中に入り、いつものように朽ちかけたシートに座ろうとしたとき、心臓が止まりかけた。
「だあれ?」
 僕よりいくらか身長の大きい、制服姿の女の人が僕を見て不思議そうな顔をしてこちらをみていたのだ。
 怒られる。逃げ出そうと咄嗟に背を向けると、女性らしい高い声が僕を呼び止めた。
 反射的に立ち止まって彼女を見ると、安心したように胸を撫で下ろしていた。
「きみ、ここにはよく来るの?」
「うん、お姉さんは誰?」
「私はテツオ」
 彼女は肩まである黒髪を耳にかけ、そう名乗った。
「テツオ? 女の人なのに」
「鉄オタク。だからそう呼ばれているの」
「そういうことなら僕はデンオだ」
 僕らは互いの自己紹介もそこそこに、ところどころ穴の開いてしまったシートに座った。砂煙のようなものが舞うのはいつもなら気にならなかったのに、テツオと一緒にいるというだけですごく神経質になってしまう。
 彼女は何も気にすることなく、やたら長い足を組んだ。
「私ね、テツオって呼ばれてるけど、本当はそこまで鉄が好きなわけじゃないの」
 その一言を聞いて、僕は勝手に彼女と分かり合えた気がした。
 学校の話、家の話、それからお互いの好きな物の話をした。
 僕は彼女につり革の魅力について語ったし、彼女は僕に持っていたボルトを見せて楽しそうに専門用語を並べた。
 僕が行けば、当たり前のようにテツオは待っていた。
 いつの間にかテツオのことを好きになっていたし、彼女に会えない日は鉄を見ては顔を赤くして思いを馳せていた。
 その日は確か、いつもは立ち入らない運転席に入ったのだ。彼女の前で格好つけたかったのかもしれない。
「このまま、走っていけたらいいのにね」
 資料でみた通りに地下鉄の仕組みを説明していると、テツオがぽつりとそう漏らした。
「どこまで?」
「どこまででも」
 ライトを前方に向けてみても、ただただ闇が広がっているだけだ。
 僕はこの時どうしてか、彼女に触れたくなって油断している横顔に唇を押し付けた。キスなんて綺麗な物じゃない。
「ませてるのね」
 今度はテツオが細くて柔らかい手で僕の頬を包んで、ゆっくりと唇を重ねてきた。キスという言葉では表せないほど、繊細で美しかった。
 柔らかい唇が小さな音を立てて離れる。
 天にも昇る嬉しさが全身を駆け巡る。それと同時に、心の一番深い部分が冷えていくのが分かった。
 運転席をとびだして、地下鉄から降りる。
「デンオくん!」
 後ろから彼女が僕を呼ぶ声がしたが構っていられない。
 自動改札をくぐって階段を駆け上がる。
 外の明るさに、必要なくなったライトを投げ捨てた。
 電車は、いつから彼女と会うための空間に変わってしまったのだろう。
 もしかすると僕は、本当はみんなが言うよりももっと電車が好きだったのかもしれない。
 心の変化がただただ悲しくて、もう二度と地下鉄に乗ることはなかった。


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このストーリーに関するコメント

17/04/02 クナリ

繊細な心模様が印象的でした。
彼の人生の、ひとつの精神的転機となるのであろう瞬間が、鮮やかです。

17/04/15 むねすけ

見事な空間構築と
主人公が気付いてしまった自分の心に
心地のいい異世界トリップをさせてもらった気分です
ありがとうございました

17/04/24 入江弥彦

クナリ様
コメントありがとうございます。
彼の心をえがきたかったので、そういってもらえると嬉しいです。

17/04/24 入江弥彦

むねすけ様
コメントありがとうございます。
自分の気持ちに気が付くのって結構遅かったりするんですよね。それを表現できていたようで安心しました。

17/04/30 光石七

拝読しました。
繊細な心理描写とラストの心情的急展開に感嘆しました。
電車が過去のものになっているノスタルジーも相まって、主人公の悲しみがより沁みますね…
素敵なお話をありがとうございます!

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