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秋 ひのこさん

歯について考える時、右と左がよくわからなくなります。右奥だっけ、左奥だっけ。虫歯が絶対にあると思われるあの場所を伝えるべく「ええと、右です。そして上な気がします」と言ったら先生が「うん、上は上でも左ですよね」とか言う瞬間が恥ずかしいので、虫歯は放置しているような人間です。こんにちは。 

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走れ、赤い守り神

17/04/01 コンテスト(テーマ):第131回 時空モノガタリ文学賞 【 電車 】 コメント:0件 秋 ひのこ 閲覧数:201

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 これは、携帯電話もパソコンもない、世の中がもう少し不便でもう少し柔らかかった頃の話。

 
 山深い集落に二駅分の区間を伸ばす計画が出たのは戦後間もない時期だった。揉めに揉めてようやくまとまった青写真で、うち、つまり祖父の家だけがちょうど予定経路上にあるということで立ち退きを迫られた。
 祖父は断固拒否したが、最終的にお上と企業様の前に膝をつく結果となった。
 僕が知っているのは、だから引っ越した後の家だ。山間に開けた里を貫く一本の線路と、小さな無人駅。それらがよく見える一等地に、僕の生家はある。

 「あれは鉄の化け物だ」と祖父は電車を毛嫌いしたが、赤い一両編成の電車、通称「赤電」は僕の憧れだった。
 時を経て、僕は件の電鉄会社に就職し、念願の乗務員になった。
 「この爺不幸者が」と、祖父はよく毒づいた。
 でも赤電があるから、里の人間は町へ行きやすくなったし、学校にもうんと通いやすくなった。
 車はよく雪に難儀する。雨風が強いと自転車も単車も辛い。その点、赤電はそれらをもろともせず突き進む。僕はその揺るぎない頼もしさが好きなのだ。

 その日も、朝から吹雪いていた。里と町を結ぶ山道は3日前の雪崩で通行止め。だが、赤電は徐行運転で悠然と人を運ぶ。
 九時の最終列車まで勤めて家に帰り着くと、何やら中が騒がしい。「ばあさん」「お義母さん」という声。
 祖母が台所に倒れていた。祖父が抱き起こして頬を叩いている。
 「お義父さん動かしたら駄目よ」と母がおろおろ見守り、「救急車」と叫んだ父と目が合った。「救急車呼べ」
 僕は頷き、電話にすっ飛ぶ。が、受話器を持ち上げてふと考えた。
「通行止めだよ。いくら救急車でもここまで来るのは無理だ」
 山道を通らなければ町医者にすら辿り着けない。県立病院ならヘリを飛ばせるかもしれないが、この天気では……。
 見ると祖母の顔色がどんどん白くなっていく。ぞっとした。
「せんろ」
 擦れた声と共に、祖父が立ち上がり無理やり祖母を背負おうとする。
「線路なら町へ行ける。俺がばあさん背負って線路を歩く」
 無茶言うなと父母が口々に叫んだ。半ば怒鳴りあいながら押し問答が続く中、僕は祖父の言葉を反芻する。
 線路なら。電車なら。赤電さえ、動けば。
 僕は電鉄の事務所に電話をかけた。
 さっき、回送になった車両を戻して欲しい。
 そして、祖母を町へ。
 
 何寝ぼけたこと言ってんだ、と電話を切られた。当然だ。乗務歴3年だが社内では下っ端の新人。まともに話すら聞いてもらえない。
 祖父はもう今にも玄関から出ようとしている。僕は叫んだ。
「じいちゃん、駅へ行こう」
 無人駅だが、乗務員用の緊急電話がある。そこからなら、回送運転中の車内に直接無線電話がかけられる。車掌は情に厚く鉄道愛に満ちた僕の先輩。彼なら、せめて話は聞いてくれる。
 僕は祖父の代わりに祖母を背負って飛び出した。雪が正面からぶつかってくる。赤電ならこんな雪、なんともない。
 徐行運転が幸いし、回送列車はまだそれほど遠くには行っていなかった。駅から僕が、車内から先輩が方々に電話をし、許可を求め、怒鳴られ、電話を切られ、そして先輩は決めた。
「人の役に立たんならただの鉄屑じゃ」
 吹きっ晒しのホームで祖母を布団でくるみ、僕ら家族は震えながら目をこらす。
 見えた。雪の壁の向こうに闇を切り裂く光が。
 祖父はずっと「俺は乗らんぞ。お前らだけで行け」とぶつぶつ言っていたが、その光を見た途端、ぱっと立ち上がり両腕を宙で大きく振った。
「おおい、こっちだ。おおい」
 赤い車両が軋みをあげてホームに滑り込み、僕らは中になだれ込んだ。手動で扉を閉めると同時に、先輩が再び折り返し稼動させる。
 徐行の規定速度を越え、赤電が走る。行く手を阻む雪を黄色い光が蹴散らし、頑強な車体がうなりを上げて前進する。先輩がバーンと派手に警笛を鳴らし、ニヤリと笑った。ふいに目頭が熱くなり、僕は誤魔化すように客車を振り返る。祖父が、こちらに向かって拝んでいた。

 連絡を受けた仲間の鉄道員が救急車を到着駅に呼んでいた。僕らが着くとすぐに祖母は搬送され、一命を取り留めた。
 翌日、クビが飛ぶだけじゃ済まない、ともはや笑うしかなかった先輩と僕は本社にいた。会社から烈火のごとく絞られ、減給と停職をくらったが、後日その停職期間中に呼び出された。なんと、県から「人命救助に貢献」したとやらで会社が表彰されたのだ。
 表彰式で、車椅子の祖母を押す祖父はひと言求められ、「あの電車は鉄の守り神じゃあ」と頭を下げた。


 あの一件以来、線路と駅が見える祖父の家で、祖父は赤電が走る度に手を大きく振る。天気がいいとそれが運転席からよく見える。僕はバーンと警笛を鳴らす。誇らしく胸を張ると、自然と口元がゆるんだ。


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