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翔音さん

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スイソウくんが知っていること

17/03/31 コンテスト(テーマ):第132回 時空モノガタリ文学賞 【 浦島太郎 】 コメント:0件 翔音 閲覧数:402

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「この大量殺人の始まりは一匹の亀だ」
 俺たち警察は事件現場にむかう。と、いってもそれはこの部屋の隅にあった。そしてそれは水槽のなかにあった。
 水槽といっても金魚を飼うような代物じゃない。2メートル四方のそれは犯罪防止槽。通称「スイソウくん」。
 俺はスーツのまま水の中に潜った。それと同時に雑巾のように絞られる感覚が全身を襲う。
 次の瞬間、俺は海の中だった。
 何度やってもこの感覚は慣れない。
 ここ二週間で7人が殺される連続殺人事件が起きていた。逮捕された梅島 次郎(32)の供述によると梅島はまずこの浜辺でいじめられていた亀を助けたという。その亀を拾って家に連れて帰った梅島はネットでその亀が数百万する代物だと知り、すぐに売りに向かった。そして、その途中でその亀の飼い主であった男と出会うが、その当時多額の借金を抱えていた梅島は亀を渡すことを拒否。口論の末、梅島は飼い主を絞殺。その後梅島は各地の家や店を襲い、人を殺し、金を奪うという犯行を繰り返した。
 昨日、梅島は逮捕されたがそこで一件落着とならないのが最近の警察の面倒なところだ。
 「凶悪な事件を未然に防ぐ」のが今の警察のモットーである。きれいごとではない。実際に未然に防ぐのだ。
 水と水とが時空を結ぶ。
 俺ら警察はそのルートを使い、犯罪が起こる前の時点で犯人を消す。30年前まではおとぎ話のようなことだが、今ではそれが現実だ。
 俺は手のひらにのる亀を見つめた。むろんそれはロボットである。
 そして、でこぼこした浜辺をこちらに向かってのろまに歩いてくる高級亀のほうに俺のほうから歩み寄った。亀とロボットを無事交換すると俺は本部と連絡をとり、亀を海に放す。
 亀は消えた。
 本部への転送は完了したようだ。
「あとは偽亀ちゃんのお手並み拝見といきますか」

 17回目のあくびをしたところで、子どもの甲高い笑い声がきこえた。
 4、5人の子どもたちが亀、否、偽亀ちゃんをいじめていた。
 こういうのを見ていると思う。
 俺が今から消そうとしている男は確かに犯罪者かもしれないが、亀にとってはヒーローだったかもしれない、と。
 俺の目線の先の子どもたちの群れに一つの人影が近づいていくのが見えた。梅島だ。
 梅島は子どもたちを追っ払うと、亀を拾い上げようとした。しかし、それはできなかった。亀が話はじめたからだ。
『ボクニツイテキテ』
 梅島は目の前で起きてる奇妙な光景に目を見開く。それでも、海に向かって歩き出した偽亀ちゃんに吸い寄せられるように梅島も歩き始めた。
 梅島の腰が水に浸かったとき、梅島は消えた。
 転送先は都内の高級クラブ。彼が酔うまでしばらくまた待つしかない。
 海をモチーフにした青い壁と青い床に囲まれた高級クラブ。俺はそこをよく知っている。

時計の短針の動きが間もなく90度に達しようとしたとき、海の中に人影が見えた。足はおぼつかない。その赤ら顔を見なくても酔っぱらっているのは一目瞭然である。
 その人影は行きには持っていなかった四角い物体を右手に持っていた。
 黒光りしたその物体が閻魔様の旧友のように感じるのはその物の機能を知っているからだろうか。
 酔っ払っている梅島は四角い箱のような物体の上部にこれ見よがしについている赤いボタンを押した。
 そのスイッチが七つの命を救い、一つの命を奪うものだと知る由もなく。
 物体から噴出された白い煙がすべてを覆い隠し、煙が消えたころ、そこには一人の老人が倒れていた。
「任務完了しました。あとは引き継ぎます」

 「今」に戻って日常がはじまる。
 コンビニの店員は店の売上を盗み、高校生は万引きを繰り返し、主婦は夫の出張中に男を家にあげ、夫は出張先で愛人と一夜を共にし、女は男を騙して宝石を買わせ、おじさんは魔法の液体を高額で売りつけ、その息子は車で事故って人を殺した。
 死ぬはずだった7人の日常。
 そして、迷子になっていた亀を警察から受け取った飼い主はその亀を海外にあこぎな値段で売りさばいたし、子どもたちは蟹をからかい始めた。
 俺たちの任務によって、世の中は救えているのだろうか。
 机の引き出しをそっと開く。
 数年前にクラブでもらった物体が眠る。
 『絶対に開けないでくださいね』
 その誘惑に耐えられたとき、人は何かが変わるのだろうか。
 あのとき、この赤いボタンを押さなかったことで「今」の何が変わったのだろうか。
 自分が犯すはずだった罪は何だったのだろうか。

 今日もまだ日常の机の中で、誘惑はつづいている。
「浦島、任務だ」
「はい」

 スイソウくんは何を知ってる?


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