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吉岡 幸一さん

性別 男性
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ウミガメの向かう先にあるものは

17/03/31 コンテスト(テーマ):第132回 時空モノガタリ文学賞 【 浦島太郎 】 コメント:0件 吉岡 幸一 閲覧数:479

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 産卵を終えたウミガメが海へ戻っていく。砂浜に波模様の足跡を残しながら、ゆっくりと真っ直ぐに波の誘うほうに向かっている。
 午前五時、雲は多く空は深い群青色だが、遠くのほうは朱色に染まっている。七月も終わりかけているというのに風は心地よい。
「屋久島に来てよかった」
 姫子さんは背伸びをしながらくったくのない笑顔を向けてくる。
「早朝でもウミガメが見られることがあるんですね」
「ほんとに。夜中だけかって思ってた。きっとのんびり屋さんなのね」
 砂浜に並んで立つふたりを見たなら、きっと恋人か新婚の夫婦に見られることだろう。昨日飛行機の中で出会ったばかりには見えないに違いない。お互いに一人旅、同じ民宿に泊まって、歳も二十代後半で同じくらいだろうか。
「ねえ、あのカメについていったら竜宮城までいけるかな」
「虐められているカメを助けないと連れて行ってくれないんじゃないかな」
「そう。ならあなたが虐めて、そしたら私が助けるから。竜宮城に行きたいの」
 冗談で言っているのだろうが、どこか冗談には聞こえない。
 勤めていた会社が倒産して次の仕事に就くまでの間に僕はここに来た。幸い倒産した会社の取引先が僕を拾ってくれたので先の不安はなかった。別に屋久島でなくてもよかった。日常生活から離れた場所であればどこでも構わなかった。旅行代理店に行ったときにたまたま目に入ったパンフレットが屋久島だっただけだ。リフレッシュのためと言えばいいのだろうか。この言葉は軽すぎて僕の気持ちにはそぐわなかったが、疲れた心を癒すためというには大げさ過ぎた。
「浦島太郎はカメを助けたお礼に竜宮城に連れて行かれて、乙姫様から接待を受けて、お礼の品として玉手箱をもらって帰っただろう。なんで乙姫様は玉手箱なんて渡したんだろう。お礼の品ならそんな箱渡さなければ良いのに、そうすれば浦島太郎は老人にならなくてすんだのに。たとへ地上の世界が何十年もたっていたとしても若いままの方が浦島太郎だっていいだろうにね」
 姫子さんは哀れむように僕を見て靴先で砂を蹴った。
「それはね、ただ乙姫様が馬鹿だっただけ。玉手箱をあげれば喜んでくれると思っていたのね。乙姫様は浦島太郎が歳を取ることを悪いこととは思わなかったのよ」
 竜宮城に行きたいと言っていた姫子さんが今は不自然なくらいに竜宮城の乙姫様を悪く言う。とても苦しそうに。
「なぜ一人で屋久島に来たの。一人で来た僕が聞くのもなんだけど……」
 こんなことを聞くのはマナー違反かもしれないと思いつつ聞かずにはいられなかった。
「むかしむかし」姫子さんは急に語り出した。「あるところにアパレルショップの店長がいました。
ある日の午後、お店には四人のお客さんがいました。スタッフは店長の他に一人いましたが、その一人は新人ということもあって仕事がまったくできませんでした。
何かお客さんの気に触ることを言ったのでしょうか。三人グループのお客さんがスタッフを取り囲んで苦情を言っていました。それはまるで虐めているように見えました。
一人で来ていたお客さんはその様子を見て腹に据えかねたのでしょう。三人グループのお客さんを叱りました。店長はどうしていいのかわからずただ見ているだけでした。
三人グループが店を出て行ったあと、店長は助けてくれたそのお客さんにお詫びとお礼を言いました。お礼に商品券も渡しました。お客さんは迷うことなく商品券を受け取りましたが、正義感が収まらなかったのでしょうか。本社の社長に店で起こったもめ事のことを伝え商品券を返したのです。その上、商品券で口止めされたとまでも言ったのです。
結果、店長は店を辞めることになりました。商品券でなく爆弾でも渡せばよかったと後に店長は思ったそうです。めでたし」
 波の音が響いてくる。姫子さんは澄んだ目で海に向かうウミガメを眺めている。
姫子というのはきっと偽名なんだろう。自ら十字架を背負うためにつけたのか。
僕はなんと返せばいいのかわからなかった。黙って同じウミガメを眺めるしかできなかった。
 突然、民宿の主が背中から声をかけてきた。早足できたのか息を切らせている。
「産卵の後に浜に入ったら駄目だよ。卵を踏んづけてしまったら大変だぞ」
「あ、ごめんなさい。すぐ出ます」
「あんたら今日の夜もウミガメの観察会をやるから参加しないか。恋もいいけど、ウミガメもいいぞ」
 首に巻いた白いタオルで額の汗を拭きながら主はいうと、僕らの顔を楽しそうにのぞき込んだ。
「はい。ぜひお願いします」
 僕が答えると姫子さんもつられて頷いた。
 姫子さんは僕の目を見て少し微笑むと真っ直ぐに海を見て言った。
「ウミガメが見えなくなったね。きっと竜宮城に帰ってしまったのね」
 僕はまだ言葉を探しながら青くなった空と足跡の残った砂浜を眺めていた。


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