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日向 葵さん

「ひなた あおい」と申します。 小説を書きます。 よろしくどうぞ。 twitter@aoi_himata_21

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失敗の味は苦くて甘い

17/03/27 コンテスト(テーマ):第130回 時空モノガタリ文学賞 【 失敗 】 コメント:5件 日向 葵 閲覧数:432

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 気付けば彼のことを目で追っていた。
 きっと最初は憧れだったのだろう。彼の周りにはいつも人が集まっていて、賑やかな雰囲気が絶えなかった。教室の隅で目立たない様に過ごしている私からは、彼の存在はとても眩しく見えた。私は毎日、隙を覗っては彼の姿を目に焼き付けた。彼を見つめていることがバレたら彼はどんな反応をするだろう。私の事を少しでも意識してくれるだろうか。日々そんな妄想を抱いたが、結局彼の視線と私の視線が重なることは無いまま、私の高校生活は二年の時が流れていった。


 冬休みが明けた教室では、見慣れた顔ぶれがあちらこちらで受験の話をしていた。今年は勉強一色なのかと思うと同時に、彼と同じ空間に居られるのもあと僅かなのだと感じた。私の頭の中は勉強のことよりも恋の焦燥の方で一杯になった。

 あっという間に一月が経ち、校内はいつもの空気感に戻っていた。私はと言えば、何か行動を起こせたわけでも無く、結局彼を横目で見つめる事しか出来ていなかった。焦りばかりが私の中に積もって、何も出来ない自分が嫌になる。乾燥でめくれ上がったささくれがチクリと傷んだ。
「バレンタインどうする?」
 ふと聞こえたその声に私は反応せざるを得なかった。そうだ、二月にはバレンタインデーがあるではないか。内気者にとってイベントの空気というのは何とも頼りになるものだ。これを逃す手はないと思い、私は帰ったその日から準備を始めた。
 雑誌やネットを見漁って私でも上手く作れそうなものを探す。あまり本気感を出すのも憚られて、ついつい無難なものを選んでしまう。毎日練習していると母が「本命?」と小脇に来てちょっかいを掛けてくるのが煩わしかった。友達用だと言って誤魔化して、ようやく満足のいく出来になった頃にはバレンタインデーは翌日に控えていた。


 翌日、シンプルにラッピングした小箱を鞄に忍ばせて学校へ向かった。教室の扉を開けるが、彼はまだ来ていないようだった。彼が来たらどうやって渡そう。そのことを考えると手汗が滲んで、心臓が大きく鼓動した。
 そのうち、ガラリと音を立てて彼が教室へ入ってきた。彼は「甘い物食べたい気分だなー」なんてわざとらしく軽口を叩いて皆の笑いを誘う。ああ、流石だなと一瞬緊張の糸が緩む。
 すぐに彼の周りにはチョコを渡す女子が集まり出したが、私は教室の隅から動くことが出来なかった。私も「仕方ないなー」なんて軽口を返して、鞄の小箱を渡すことが出来ればどれほど良いだろう。しかし、私にそんな勇気は無かった。

 HRが終わって、授業が始まった。バレンタインデーでも変わりなく講義は淡々と進む。昼休みに隙を見て渡そう。そう考えるばかりで授業の内容はまるで頭に入ってこなかった。

 昼休みになると彼はそそくさと校庭に出てサッカーをする。そんな状況でいきなりチョコレートを渡せるはずもなく、結局昼休みも渡すことが出来なかった。机に忍ばせる手もあったが、教室には沢山の人が居るので私が小箱を持って彼の机に向かえば誰かが気付いてしまうだろう。また放課後に。そう思って、指のささくれを千切った。

 放課後、私は鞄の中に眠ったチョコに手を掛ける。渡そう。今しかない。でも…。そんな躊躇いと戦っている間に、サッカー部の彼は一目散に部室へ向かってしまった。私は溜息を一つ吐いて小箱から手を放す。仕方ない、彼の部活が終わるまで待とう。いつもならすぐに帰宅する私に不思議がる友達を見送って、日が沈むまで教室で時間を潰した。

 街灯が灯り始める頃、下校を告げる放送が校内に響いた。今を逃せばチャンスはない。私は校門で彼を待った。
 暫くすると彼は部活のメンバーに囲まれてやってきた。あんなに居ては声を掛けられないではないか。でも今しかない。声を掛けなければ、もう後はないのだ。

「あれ?高瀬今帰り?」
先に声を掛けて来たのは彼だった。
「え?」
上ずった変な声が出た。教室では話したこともない私に彼の方から話しかけてくるとは思わなかったのだ。
「帰宅部だよな?友達待ってんの?」
「ああ…。うん、まぁ」
違う、そうじゃない。そうじゃないのだ。
「そっか!じゃあ、また明日な!」
彼は爽やかにそう告げると、賑やかな仲間に囲まれて去っていった。


 重い足取りで、帰宅すると母が台所で夕食を作っていた。
「遅かったわね。夕飯もうすぐだから」
 いつもと変わらない母の声に、喉の奥から何かが込み上げてくるのを必死に堪える。
「学校でチョコ食べすぎちゃったから、いいや」
 精一杯の作り笑顔で母にそう告げ、自室に向かう。

 鞄には綺麗に包装された小箱が朝と変わらない状態で収まっていた。

 力一杯リボンを引き解いて、チョコレートを口に突っ込む。

 嗚咽交じりに食べるチョコレートはとても甘くて、ほんのり苦い味がした。


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このストーリーに関するコメント

17/03/28 霜月秋介

日向葵さま、拝読しました。

バレンタインの乙女の葛藤が巧く描かれていたと思います。あと一歩の勇気があれば、彼に手作りチョコを渡せていたのでしょうね。

17/03/28 日向 葵

霜月秋介様
コメントありがとうございます。

17/03/28 日向 葵

内気な心は誰にでもあるものだと思います。
あと1歩踏み出せるか踏み出せないかの違いではありますが、それには相応の勇気が必要で、とてももどかしいものであると感じます。
途中送信失礼しました💦

17/04/07 あずみの白馬

拝読させていただきました。
バレンタインは1日しかない。そこで渡せなかった無念さたるや、と、言ったところですね。これがうまく表現されていたと思います。
次のチャンスがあることを願いつつ……

17/04/08 日向 葵

あずみの白馬様

コメントありがとうございます。
少女の葛藤を強調するために、バレンタインという1日を長々と書いてみました。
少しでも気持ちが伝わればと思います。

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