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上木成美さん

性別 女性
将来の夢
座右の銘 明日は明日の風がふく

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電車は些細な奇跡を運ぶ

17/03/27 コンテスト(テーマ):第131回 時空モノガタリ文学賞 【 電車 】 コメント:0件 上木成美 閲覧数:230

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電車に乗る前から嫌な予感はしていた。それでも早く家に帰りたかった。最近寝不足で、おまけに昨日の夜から少し熱があった。今日を乗り切れば明日は休みだし、大丈夫だろうと思っていたのだが、頭は熱いのに手足は冷え切って、夏だというのに寒さで鳥肌がたっている。今すぐベッドに倒れて込んで寝てしまいたい。車内は混んではいないが座れるほどには空いていない。あと三駅、三駅耐えれば自宅のある駅に着く。駅からはタクシーに乗ってしまおう。ふと、姉のことを思い出し身震いした。大丈夫、きちんと眠れば回復するわ。そう自分に言い聞かせ、目を閉じる。時折肩に当たる扇風機の風が、体温を奪っていく。一緒に心の熱も奪われている気がした。

まずい、と思った時にはもう遅かった。体がふわりと浮いた感覚。倒れる、と思ったが足に力が入らない。と、その時、両腕を強く掴まれた。えっ?と目を開けたが、視界は薄ぼんやりしていて、焦点が合わない。
「大丈夫ですか?顔が真っ青ですよ。もうすぐ次の駅ですから、降りて休まれたほうがいいんじゃないですか?」
うっすらと見えたのは、私を心配そうに覗き込んでいる男の人だった。
「ありがとう、ございます……」
そう答えるのがやっとだった。次の駅に着くと、彼は私をホームのベンチまで連れて行き、座らせてくれた。外の生温い空気でほっとしたのか、少しずつ意識が戻ってくる。
「あの、ありがとうございました。しばらく休めば大丈夫だと思います。どうぞ、電車に乗ってください」
そう言ったが、彼は、
「いえ、僕はこの駅で降りるところだったんで、大丈夫ですよ。それより、駅員さんを呼んできましょうか?医務室とかがあるでしょうし、横になった方が……」
と、私の横に腰を下ろした。
「いえ、そんなに大したことないです。少し落ち着いてきましたし」
助けて貰っておいて失礼な話だが、夜のホームには人も疎らだし、見知らぬ男の人の親切に少々身構えていた。私に下世話な勘繰りをされているとも知らず、彼は自販機に向かうと水を持って戻って来た。
「どうぞ。温かいものは無かったので、水ですけど」
お金を払います、と申し出たが頑として受け取ってくれず、私は諦めて頂くことにした。冷たい水は寒い体には応えたが、頭は少しすっきりした。彼は何をするでもなく、ただ前方に目を向けていた。その横顔を見ているうちに、ふと思った。もしかして、私を見ないようにしてくれている?具合の悪い姿をジロジロ見られたい人はいない。相手が知らない異性ともなれば、尚更だ。さっきまで怪しんでいたのに、なんでそう思ったんだろう。
「僕、昔、医者になりたかったんですよ、頭が悪くてなれなかったんですけど」
突然、前を向いたまま彼が言った。
「あ、すみません、唐突に。なんか思い出してしまって。女性が目の前で倒れたことがあるんです。高校生の時、全く知らない人だったんですけど、学校の帰り道で僕の前を歩いてたんです。その人が急にパタッて、崩れ落ちる、とかじゃなくて、パタッて、ドミノが倒れるみたいに。びっくりしちゃって、声をかけても反応が無いし、オロオロして、でもとにかく救急車だ、って急いで電話して。そしたら、一緒に乗ってください、って何を勘違いしたのか救急隊員に乗せられちゃったんです。そのまま病院に行って、だけど知らない人だし、処置室に運ばれたのを見届けた後、何も言わずに帰っちゃったんです」
彼はそこまで話したところで、ふっと息をつき、私の方を見た。
「すみません、変な話を。具合どうですか?電車乗れますか?」
熱があることに変わりはないが、帰れる状態にはなっていた。ただ、彼の話を最後まで聞かなければいけない様な気がしていた。
「大丈夫、乗れそうです。あの……そのことで医者になろうと?」
「そうかもしれません。実は、その人、その後すぐに亡くなったそうなんです。僕、部活中に怪我して運ばれたんです。同じ病院に、三日後くらいだったかな。その時、僕に気がついた看護師さんがいて、全く知らない人だって言ったら、少し安心してたみたいだけど、あの時の女性、亡くなったのよ、って」
彼はそう言うと、悲しいような、寂しいような、それでいて照れたような顔で下を向いた。
「医者になったところで、何も変えられないのはわかってたし、結局、なれなかったんですけど。さっき、あなたの真っ青な顔見たらなんか、思い出しちゃって」
「あの、それ……」
私が言いかけた時、電車が来た。彼は立ち上がると、私を見て
「乗れそうですか?」
と微笑んだ。私も立ち上がり、
「ええ、大丈夫。本当にありがとうございました」
とお礼を言い、電車に乗り込んだ。閉まったドアから外を見ると、彼はぺこりと頭を下げて、階段へ向かって歩いて行った。その後ろ姿にもう一度、姉の分のお礼を言った。ありがとうございました。


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