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Fujikiさん

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独り言が止まらなくなった機械じかけの新入社員

17/03/27 コンテスト(テーマ):第130回 時空モノガタリ文学賞 【 失敗 】 コメント:0件 Fujiki 閲覧数:110

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 ピカリくんの調子が悪くなったのは半年間で二回目だ。今度はパソコンに向かいながら独り言を言うようになった。聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声なのでうるさくてかなわないというほどではないが、一日中ひたすらブツブツ言っているので次第に鬱陶しくなってくる。隣の席の具志堅さんが注意したら「ごめんなさい。何か言ってましたか?」と一応謝った。でも気づけばまたすぐに独り言が始まっていた。
 私たち同僚一同からの苦情を受け、ピカリくんを作った工場に課長が電話で問い合わせた。症状を聞いた工場長は、思い当たるふしがある様子だったらしい。
「それは故障ではなく、回路に情報負荷がかかり過ぎてるんだと思います。パソコンの内部に熱がこもり過ぎないように小さなファンで排気をするようなものだと思ってください。あんまりうるさいようなら、仕事量を減らすとか有給休暇を二週間ほど取らせて気分転換をさせるとかしてみれば静かになりますよ」
「二週間も休ませるなんて絶対ダメです! うちは即戦力が必要だから、おたくが出荷したロボットを使ってるんだ。まだ覚えてほしい仕事は山のようにあるのにそう気軽に休まれてもらっては困る」と課長はオフィス全体に響く声で受話器に向かってまくしたてた。
「仕方ありませんね。微細なノイズが出るというだけで、仕事の能率そのものにはまったく支障ありません。独り言くらい、彼の個性だと思って我慢してやってはもらえませんか」
 たしかにピカリくんは今までどおり定時に出社し、きちんと仕事をこなしている。サービス残業も笑顔で引き受けてくれる。男子独身寮のほうからも奇行や問題行動の噂は伝わってこない。二日間の出社拒否に至った前回のオーバーヒートに比べれば、私たちが被る迷惑はそれほど大きくない。
「だからって他のみんなに我慢しろってのは理不尽だよな」課長の報告を聞いた後、休憩室で奥間さんが言った。「独り言でもこっちは集中力削がれるし、オフィス全体の迷惑になってることは変わらないだろ」
「故障じゃないけどノイズが出るって要するに失敗作ってことでしょ? 前うちで働いてたロボットはすごく静かだったわ」と、入社三年目の西野さんが言った。
「あんなポンコツ、さっさとぶっ壊れちまえばいいのに」と誰かが言って、全員がうんうんと力強く同調した。異を唱えるような空気ではなかったので、私も神妙な顔をしてうなずいた。本当は自分と同じ新入社員のピカリくんを貶めてまでみんなに同調なんかしたくない。でも同僚に陰口を叩かれ、オフィス内で孤立するのはもっと怖かった。
 毎日最後までオフィスに残るのは、たいてい私とピカリくんだ。私の場合は定時で仕事が終わらせられないからだけど、ピカリくんは要領のいい他の同僚たちの業務を押しつけられている。ロボットの彼がいくら疲労しようが気にかける者はいない。二人きりのオフィスでエクセルと格闘していると、彼の独り言がいつもより明瞭に聞こえてきた。
「……それでは、こちらのグラフをご覧ください……期待収益率の試算に関してはお手元の資料の4ページに……」
 私たちが入社して二ヶ月目に行った社内プレゼンの内容だった。徹夜で準備したプレゼンを役員や他の部署から徹底的に罵倒され、ピカリくんは最初のオーバーヒートを起こした。社内プレゼンでわざと惨めな失敗を味わわせ、新入社員の自信をくじくのがこの会社における通過儀礼となっていることを彼は知らなかった。
 プレゼンの直後に会議室を飛び出したピカリくんは非常階段の途中に腰かけて泣いていた。背中を丸め、肩を震わせる彼の柔らかい髪をうりずんの湿潤な風が撫でていく。彼のそばにはくしゃくしゃに丸められた夏物の背広が放り出されていた。
 誰だって最初はうまくいかないものだよ、とか、あんなパワハラ上司たちの言うことなんか聞き流しちゃおうよ、とか、ピカリくんにかけてあげたかった言葉はたくさんある。でもあの時の私には隣に座って彼の涙を受け止められるだけの余裕はなかった。階段の踊り場から遠巻きに彼の後ろ姿を見るのが精いっぱいだった。
 今でも自分の業務にかかりきりで、ピカリくんには何もしてあげられない。彼の独り言に耳を傾け、慰めの言葉を返したいのは山々だ。そうすれば独り言は独り言ではなくなり、会話になる。だが、そんなことをしたらピカリくんだけでなく私自身まで潰れてしまう気がした。共倒れの末に仲良くスクラップにされるのだけはごめんだ。
 その後ほどなくピカリくんのノイズは悪化し、工場に返品されることになった。三日もしないうちに新しいロボットが届き、私たち同僚一同は機械油を飲むだけの簡単な歓迎会を開いた。私は今度のメンテナンスの時にピカリくんに関するメモリを全部消去してもらおうと思っている。非常階段で泣く彼の姿が脳裏にちらついて業務の妨げになるからだ。


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