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上木成美さん

性別 女性
将来の夢
座右の銘 明日は明日の風がふく

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遅く起きた女の朝は

17/03/27 コンテスト(テーマ):第130回 時空モノガタリ文学賞 【 失敗 】 コメント:2件 上木成美 閲覧数:118

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時計を見る。7時13分。一瞬「無」になった。カチカチと時を刻む針を見つめる。
「……」
瞬時にベッドから飛び上がる。何が起きているのかは、ちゃんと分かっている。これは紛れもなく、寝坊である。
「あーー、やってしまった」
まるで世界の終わりが来たかのように空を仰ぐ。天井しか見えないけれど。泣きたくなる。そして、逃げ出したくなる。今すぐ過去に戻れるなら、もしくはこの現実から逃げられるなら、何でもする。あぁ、神様。しばし、と言ってもせいぜい5秒位の時間だが、逃亡を夢見て目を閉じ静止する。そして、現実に目を開く。

そこからは、早回しの映画のように目まぐるしい。本人は悲劇のつもりだが、はたから見れば喜劇でしかないであろう、ドタバタ劇だ。
まずは、上司に電話だ。社会人たるもの、報連相は鉄則だ。社会人たるもの、寝坊をしてはならないのだが、そこは一旦置いておこう。頭の中で会話のシュミレーションを行う。ここで一回、もはや具合が悪いということにして休んでしまったら良いんじゃないだろうか、という邪念が生まれる。これは、家を出るまで付きまとう、恐るべきナマケモノの邪念だ。しかし、気の小さい私は、嘘を突き通す自信が無い。万が一今日のことを忘れた頃に、うっかり何かの流れで元気だった情報を吐露してしまうかもしれない。嘘は寝坊に勝る罪だ。どうせ信用を失うことが確実なら、私は嘘より寝坊という軽い罪のほうを取る、それが私のような器の小さい人間には正解に決まっている。私の頭は寝起きにも関わらず、猛スピードでその結論を叩き出し、上司に電話をする。少々怒られたが気に病んでいる暇はない。とりあえず、第一関門は突破した。

ここから第二関門だ。いかにして家を早く出るか。朝飯抜きなど、問題では無い。問題は、シャワーを浴びるか、である。私は朝風呂派だ。これをしないと目が覚めない。というか、シャワーを浴びると目が覚めてしまうので夜は入らないのだ。時間的問題から考えれば、風呂など入っている場合か!と罵られるだろうが、1日とはいえ、脂性の私の髪はすでにオイリーになっている。自分ではわからないが、匂いを放っている可能性もある。社会人たるもの、身だしなみは鉄則だ。時折、若い女子社員が寝坊をしておきながら、完璧なフルメイク、髪はしっかりと巻かれ、ほのかに甘い香りを漂わせて出勤して来たりするのだが、それを見ると、おい、完全装備する暇あったら早く来いよ!と思ってしまっているだけに、この問題は難題である。でも……ええぃ、浴びてしまえ。猛然と服を脱ぎ、まだ温まり切らぬシャワーに身を投げ、きちんと洗えているとは思えない早業で全身を泡立てる。いつもなら15分はかけるところを、5分でバスルームから躍り出て、ガシガシと体を拭く。ヘアケアなんて悠長なことは言っていられない、風力全開でメデューサのように髪を乾かす。

そして、最終関門である、化粧へと踏み出す。あぁ、男であったなら、今すぐ家を出られるのに、と自分の性別を呪いながら鏡台の前に座る。男でなくとも、スッピンで出歩けるだけの素顔を持ち合わせていれば。鏡に映る自分の顔にうんざりする。若い頃の奔放さが、シミという形で顔の至る所に、こんにちわ。あぁ、どうして日焼け止めを塗らなかったのだ。どうして、浜辺でゴロゴロと体を横たえ、燦々と降り注ぐ紫外線に皮膚を晒してしまったのか。あの頃の自分に飛び回し蹴りをくらわせたい。しかし、時間は戻らない。戻らないどころか、私の後悔をあざ笑うかのように、いつもの三倍位の早さで進んでいる。とりあえず、最低限のメイクを施さなくては外には出られない。この顔では、せっかく早く会社にたどり着いても、私だと気付かれないという可能性が生じる。それは避けたい。今後の人生を左右するダメージになりかねない。とにかく塗ろう。対外的に私であると認識されるレベルに持っていこう。リキッドファンデを素早く顔に広げ、上から粉を叩く。ほとんどの粉が宙に舞うか、もしくは私の器官に入っているような気もするが、手を緩めるわけにはいかない。ベースはOK。眉毛は無いに等しいから書かないわけにはいかない。顔色が悪いからチークは外せない。一重瞼で陰険に見える目には、シャドウとマスカラが無いと指名手配写真と大差ないので、端折れない。と、やっている内にいつものフルメイクになってしまう。あぁ、これでは、重役出勤の若手社員と変わらないではないか。しかし、やってしまったものは仕方ない。

最終関門をくぐり抜け、あとは着替えて出るだけ。ブラウスのボタンを留め、スカートのファスナーを上げ、ストッキングに足を通す。
「ツゥーー」
あぁぁぁぁぁ。なぜ、なぜ、今なのだ。

私は伝線したストッキングを前に、ナマケモノの忍び寄る足音を聞いた。


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このストーリーに関するコメント

17/04/05 霜月秋介

上木成美さま、拝読しました。

出勤前にすべきことが関門として表現されているところが面白かったです。急いでいるときに限って、思ってもいない障害に遭遇するんですよね。男性と違って女性は大変なんですね。男性に生まれてよかったとしみじみ思います。見事なドタバタコメディでした。

17/04/05 上木成美

霜月秋介様

読んで頂きありがとうございます。コメント頂き、とても嬉しいです。
私自身、恥ずかしながら、寝坊すると本当にこうです(笑)
面白いと思って頂けて、とても嬉しいです!ありがとうございます。

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