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本宮晃樹さん

ふつうにサラリーマンをしております。 春夏秋冬、いつでも登山のナイスガイ。 よろしくお願いします。

性別 男性
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挽回の伊吹山

17/03/27 コンテスト(テーマ):第130回 時空モノガタリ文学賞 【 失敗 】 コメント:0件 本宮晃樹 閲覧数:269

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 三月と侮るなかれ。滋賀県に鎮座まします伊吹山(一、三七七メートル)程度の低山でも、五合めあたりからはぼちぼち残雪が出てくる。早速アイゼンを装着した。ここから上は伊吹山名物、山頂までノンストップの直登である。
 それにしても諸君。もしや諸君は例の山ガールとかいう都市伝説を信じている口ではなかろうか? ここでひとつ夢を壊して進ぜよう。そうしたものは断じていない! 天地開闢以来、一度も存在したことすらないのではあるまいか?
 が、当山は腐っても百名山、日本各地からその威光につられて蛾のごとく、登山者どもが集まってくる。これだけ人がいるとなると、都市伝説が現実になる可能性もあるのでは?
 超弩級の直登をこなしていると……そらいた! 若い娘が死にそうになりながら登っているではないか。
「ああ、おほん」空ぜきをして注意を惹く。「こんちは」
「あ、こんにちは」にっこり微笑んでくれた。「しんどいですね」
「この直登には毎度のことながら、度肝を抜かれますな」何度もきているのを匂わせることで、効果的に上級者アピールできた。「お嬢さんはどちらから?」
「大阪です」
 たとえそこが日本一不愉快な都市であるにしても、彼女の魅力はいささかも減じない。「遠路はるばるようこそ」
「お兄さんはどこからきたんですか」
 次の誕生日に三十路を迎える人間がもっとも喜ぶ三人称をお教えしよう。それは「お兄さん」である。
 このまま宇宙が熱死するまで話していたかったが、あいにくと八合め、傾斜は三十度をゆうに超えている。油断すれば即滑落のデンジャラスゾーンとくれば、のんびり立ち話をする場所としては不適格であろう。
 ここは颯爽と彼女を抜かし、山頂で準備万端迎え撃てばよかろう。再び話しかけるほどの勇気が湧けばの話だが。

     *     *     *

 わざとらしく目につく場所で昼食を摂っていると、満足感で顔を紅潮させた例の山ガールが俺の目前を通りすぎていく。苦心惨憺のすえに山頂へ到達し、ご満悦といった風情だ。
 赤の他人に――それも異性に声をかけるというのはちょっとした難事業であり、それを立て続けに二回もやるとなればほとんど命綱なしのバンジージャンプにも匹敵する。
 俺はそれをやってのけた。「これはどうも。ごきげんうるわしゅう」
「あ、さっきの!」笑顔がまぶしい。雪で反射された陽光の照り返しよりもだ。「写真一緒に撮りませんか?」
 それからは夢のような時間が流れた。こんなふうにうまくいくはずがないと憤慨する向きもあるだろうが、山でのナンパ――この用語は正確性を欠いている。そうではなくその、なんだ、山での……出会い!――は地上のそれと比べると、難易度ははるかに易しい。
 下界で同じことをやってみるがいい。結果は推して知るべしだが、山ではどういうわけかにこやかに対応してくれるのだ。千メートルより上には媚薬が空気中に溶け込んででもいるのだろうか?
 すばらしいツーショットが一丁上がった。永久保存版だ。さあ言え、お膳立てはできたぞ。「その写真送ってください」。これなら自然なかたちで連絡先を聞き出せる。
「さ、もう時間も遅いし、降りましょっか」
 そうするよりあるまい。同時に写真の電送うんぬんを持ちだすタイミングを完全に逸した。
 連絡先をエレガントに聞き出すにはどうしたらよいかの哲学的な考察がいよいよ煮詰まってきたあたりで、ついにタイムオーバー。登山口に着いたのである。
「今日はありがとうございました」
 俺は待った。その先はなかった。なぜそっちから聞いてこない?
「またどこかでお会いできればいいですね」
 そのどこかを明確にする努力をなぜ怠る?
「それじゃ、楽しかったです」
 実に最悪のタイミングでバスがやってきた。俺はマイカーであり、彼女は公共交通機関である(大阪から鈍行で乗り継いできたのだという)。さらば山ガール……。

     *     *     *

 痛恨の大失敗から一週間後、まったく気まぐれに(誓って言うが他意はない、本当だ!)伊吹山のSNSを漁っていると、次のようなキャプションつきの写真がアップされているのを発見した。
 伊吹山で優しいお兄さんとツーショット!
 顔こそ星かなにかでぼかされているが、これは明らかに俺だった。ところで「優しい」という表現は果たして好意的な表現なのか否か。包み隠さずに言えば、この記事を真に受けて、「こないだはどうも〜」などと書き込んでよいのかどうか?
 よろしい。仮にこの記事はまったくのお世辞であり、たんに手ごろな被写体だという理由だけで俺が使われていたとしよう。で、それがどうした? せっかくチャンスがぶら下がっているのにまた逃げるのか?
 失敗は挽回するものだ。俺はそう信じる!


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