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そらの珊瑚さん

🌼初めての詩集【うず】を上梓しました。  (土曜美術出版販売・現代詩の新鋭シリーズ30) 🌼小説や詩、短歌などを創作しております。 🌼作品を置いています。よろしかったらお立ち寄りくださいませ。 「珊瑚の櫂」http://sanngo.exblog.jp/14233561/ 🌼ツイッター@sangosorano 時々つぶやきます。 🌼詩の季刊誌(年4回発行)「きらる」(太陽書房)に参加しています。私を含めて10人の詩人によるアンソロジー集です。アマゾンでお買い上げいただけます。      ✿御礼✿「馬」のオーナーコンテストにご参加いただきました皆様、ありがとうございました。

性別 女性
将来の夢 星座になること
座右の銘 珊瑚の夢は夜ひらく

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ただいま、ふるさと。

17/03/27 コンテスト(テーマ):第130回 時空モノガタリ文学賞 【 失敗 】 コメント:3件 そらの珊瑚 閲覧数:335

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 ふるさとに帰ってきたのは、夫と離婚したからだった。
 一人娘が帰ってきたと(たとえ三十五才の女でであっても、両親からすれば娘なのだろう)妙に華やいだテンションの年老いた両親がいる。
 会社の同僚だった元夫の両親からの評価は急降下。父は「最初からあいつは好かねえ奴じゃった。唇が薄い奴は薄情なんじゃ」と云う。七年の結婚生活のうち、夫婦一緒にこの家に帰省したのは結婚したあとの最初の正月だけだった。酒好きの父は元夫と酒を酌み交わすのを楽しみにしていたようだが、「僕、下戸なんで」ときっぱり断られ、そのあとテレビの紅白歌合戦が終わるまでの長かったこと……。でもなんとか最後まで観た。あの晩勝ったのは紅組だったか白組だったか、覚えてないし、そんなことはどうでもいいことで、家族そろって退屈な時間を共有することが幸せだと思っていた。
 けれど夫はそれを幸せとは感じなかったのだろう。以来六年、私ひとりの里帰りとなった。

「お父さんの年金もあるし、母さんも干物工場でまだしばらくは働くつもりだし、お金の心配なんかしないでいいよ」
「うん。ごめんね、出戻ってきちゃって」
 ある日、ベランダで夫のトランクスを干している時、唐突に離婚を決意した。何かがあった訳ではない。一日一滴コップに落とされ続けたた水が、ついにあふれて決壊した、そんな感じだった。
 いつからだろう、おはようと互いに云わなくなったのは。おやすみも、2LDKのマンションから消え失せた。寝室は彼だけの寝床になり、私はリビングのリクライニングソファで寝るようになった。好きという気持ちは煙のように失せてしまった。煙となるからには燃えるという現象があったはずなのに、世間でよくいう夫の浮気とかDVとか借金とかそんなのは一切なかった。火種は濡れたトランクス。だから燃えることなく一瞬で煙になった。彼のトランクスをこのまま一生洗い干し続けることを想像したら吐きそうになった。溜め込んだものが胃の容量を超えた。そんな感じだった。
 私から言い出した離婚に、夫もすんなり同意した。借りていたマンションの賃貸契約が切れる時期だからちょうどいいね、と彼は云った。

「何いってんの。いまどき離婚なんて珍しくもないんだから。人生にはね、失敗なんてつきものよ」
 奥歯の銀歯さえ見えるほど豪快に笑う母からは、かすかに干物のにおいがする。私が中学に入った頃からそこで働き出し、もう二十年になる。身体に染み付いてしまったのだろうか。潮風が吹き抜けるこの小さな街で、母という存在自体が街の一部になってゆくようだ。そういえば母と歩くと路地裏から野良猫が現れて、サンダルをつっかけた母の足にまとわりつくことがよくある。母から発せられる魚の匂いが猫たちを魅了するのか。猫たちは現金なので、笑ってしまうほど私の足は素通りだ。なんにしてもこの街は猫が多い。たいていの猫は、ふてぶてしいほど幸せそうに太っている。

 失敗、か。それはそうだろう。だって離婚はバツと数えられる。でも一体私は何を、失敗したのだろう。
 彼を好きになり、結婚したことだろうか。
 子どもが出来なくて不妊治療に通い、肉体も精神も疲弊してしまったことだろうか。
 ベランダの七階から飛び降りたら死ぬだろうかと手すりから乗り出してみるものの、怖くて出来なかったことだろうか。
 デパートで可愛いベビー服を万引きして捕まったことだろうか。
 さようならも、ありがとうも云わずに、彼のもとを去ったことだろうか。

 ふいに涙があふれて私は傍らにあったティッシュを二、三枚引き抜いて鼻水もろとも拭いた。
「春はやだな、花粉症始まったみたい」
「あら、あんた花粉症だったの? そんなのここで暮らしてれば治るって。ここはあんたの産まれた街なんだから」
 どういう理屈なんだか。でも幾千匹の魚の命をさばき続けてきた人の、有無を言わさぬ強さがまぶしい。

 縁側から見上げた空に、ひとすじの飛行機雲が刻まれている。庭の隅に、錆の浮き出た母の自転車。この街に吹く海風に含まれた塩分のせいで、金属はすぐに錆びてしまう。
 そんな空気を深々と吸い込み「ただいま」とつぶやいてみる。
 自転車の荷台で丸くなっていたミルクティの色をした野良猫が、にゃあんと小さく返事のようなものを寄越した。


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このストーリーに関するコメント

17/03/29 冬垣ひなた

そらの珊瑚さん、拝読しました。

今では珍しくなくなった離婚ですが、人それぞれに事情はあるもの。そらのさんの柔らかい感性で描かれた物語は、頑張る人の応援歌のようにも思えます。
「人生にはね、失敗なんてつきものよ」そう笑ってくれるお母さんがいて良かったですね。彼女ならきっとうまく立ち直れる、そう思いました。

17/03/30 泡沫恋歌

そらの珊瑚 様、拝読しました。

最近、Facebookで読んだ記事に女の怒りはポイント制だとあった。
少しづつ蓄積した怒りが、ポイントいっぱい(沸点)に到達したら、
些細な理由でも簡単に離婚に踏み切ってしまうらしい。
主人公の彼女も、日常の些細な怒りや不満を貯め込んで離婚に至ったのでしょう。
35歳まだまだ若い! 今度はもっと幸せな結婚を手に入れるチャンスがくると思います。

17/04/23 そらの珊瑚

冬垣ひなたさん、ありがとうございます。

「頑張る人の応援歌」素敵なコメント、嬉しかったです。
今ではあまり帰れない故郷ですが、自分にとっていつでも応援してくれる特別な存在かもしれません。

泡沫恋歌さん、ありがとうございます。

怒る時にはちゃんと小出しに怒った方がよさそうですね…。
ポイントいっぱいになっちゃったら、もう爆発するしかないかも。

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