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つつい つつさん

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ブラッドスポーツ

17/03/26 コンテスト(テーマ):第130回 時空モノガタリ文学賞 【 失敗 】 コメント:0件 つつい つつ 閲覧数:224

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 夜、お風呂に入ろうとお風呂場に入ると、浴槽の横のスペースに無造作に髭剃り用のシェーバーが置かれていた。あの日以来、カミソリはおろか、シェーバーだってお風呂場に持ち込むことはなかったのに……。

 競馬はブラッドスポーツと呼ばれているらしい。血統を遡ると世界中の全てのサラブレットは3頭の馬にたどりつくらしい。酔っぱらった父親から何回も、何百回も聞かされたセリフ。そんな父親は、毎週日曜日になるとTVの前にかじりつき競馬中継を見ていた。
 今日もそれに変わりはなく競馬中継を見ながらスマホで馬券を買っていた。レースが始まる前までは目を爛々と光らせ、必死でスポーツ新聞に赤いペンでなにかをびっしりと書き込み、予想していた。だけど、レースが終わると必ずこう言った。
「だから、この血統は駄目なんだ」
「この馬の母系を遡ると短距離の血が濃いんだよ。なんでこんな長いレースに出走させるんだ」
「この父系にこの母系は合わないんだ。最初から間違いだ。こんな血統じゃ大成しないよ」
 毎週毎週聞かされていると、自然と父親が言っている意味もわかるようになっていた。たまに競馬に勝って機嫌のいい晩は、延々と血統の話を聞かされたから、私は普通の競馬ファンよりも何倍も血統について詳しくなっていた。ようするに競馬とは、優秀な馬と優秀な馬の遺伝子を掛け合わせ、さらに早い馬を作るのが目的らしい。
 それはわかったが、わからないのが父親の行動だった。血統なんて最初から調べればわかることだ。だから、父親は予め調べてからその馬を選んだはずだった。なのに、なぜ自分が選んでおいて後から文句を言うのか。それが理解できないまま、何年も同じように文句を言う父親の姿を見てきた。
 お母さんの顔は小学校4年生の時お母さんが死んで5年経った今も、目を閉じただけで鮮明に浮かんできた。お母さんはいつも微笑んでいた。嬉しい時も悲しい時も困った時も怒られている時も、なじられている時も、いつも微笑んだような顔をしていた。お母さんが生きている時は父親はよく競馬に負けた後言っていた。
「お前みたいな辛気くさいのが傍にいるから運が逃げて当たらないんだ」
 だけど、お母さんがいなくなった後も父親の競馬が当たることはなかった。今度は私もいなくなったほうがいいのかな。私も、お母さん以上にいつも辛気くさい顔をしているから。
 お母さんが死んだのは、私の誕生日の3日前だった。「誕生日には里佳ちゃんの好きなもの作ってあげるね」と、いつもよりもにっこり微笑んだ顔を覚えている。だけど、その夜、お風呂場でカミソリで手首を切り、裸のまま死んでいた。たぶん、衝動的だったんだと思う。その頃の父親は競馬に負けると、お母さんにひどく当たり、「ご飯がまずい」だの、「お前と結婚して俺の運が逃げた」だの言って、お母さんに物をぶつけていたのを覚えている。よく台所の隅に立って肩を震わせていたお母さんは、その時だけ私が呼びかけても、振り向いて顔を見せてはくれなかった。
 お母さんが死んでからしばらくは流石の父親も競馬をしてなかったように思うけど、気づいたら日曜日になると競馬をするようになっていた。だけど、まだ小学生だった私は、競馬中継を必死で見ている父親を見ても、ただいつもの日常に戻ったような気がしただけだった。
 こんな両親の間に生まれた私は当然幸せになれるわけがなかった。競馬ばかりしている父親を憎み、私を残して死んでしまったお母さんを怨んでばかりの私の表情は常に暗く、不幸なオーラを漂わせていて、優秀な遺伝子の存在なんて微塵も感じさせなかった。
 昔、父親と一緒に競馬中継を見ていたら一頭の馬がレース中につまづいて転んで、立ち上がってはみたものの、片足をヒョコヒョコ上げて痛そうにしていた。それを見た父親は「これはもう処分するしかないな」と言った。私が「処分ってどうするの」って聞くと、「サラブレットは一度足を骨折すると殺すしかないんだ」って説明してくれた。「どうにかならないの」って聞いても、「走るために生まれてきたサラブレットは、走れなくなったら意味がないんだ」と教えてくれた。だけど、それを聞いた私は、今でも考える。走ることも出来ない。勉強も出来ない。なんの才能もない。微笑むことさえ、それも出来ない。こんな私に生きる意味あるのかなって。こんな失敗作、誰か処分してくれないかなって。そんなこと考えたって意味ないってわかっているけど、考えずにはいられなかった。

 しばらくお風呂場でまっ裸のまま呆然と立ち尽くしていた私はブルッと体を震わすと、そのままお風呂場を出て、すぐ横の洗面台に行った。洗面台の引き出しの奥に何年もずっと取り残されたままのカミソリを引っ張り出した私は、それを持ってお風呂場に戻った。


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