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micchoさん

「世の中はつまらない小説で溢れている」 「こんな小説なんかより俺の方が数段面白いものが書ける」 小説を書き始めるまではそう思っていました。 まずは全作家の皆さんに土下座して謝りたいです。 あなた方は偉大です。 ふとしたきっかけで小説を書き始めて早半年、 アイデアの乏しさ、ボキャブラリーの貧困さを日々痛感ながら、こうして駄文を量産している次第です。

性別 男性
将来の夢 小説でもプログラムでも、とにかく良いものを生み出したいと思っています。
座右の銘 名誉を愛するものは自分の幸福は他人の中にあると思い、享楽を愛するものは自分の感情の中にあると思うが、ものの分かった人間は自分の行動の中にあると思うのである。

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しゃちょうのお仕事

17/03/26 コンテスト(テーマ):第130回 時空モノガタリ文学賞 【 失敗 】 コメント:0件 miccho 閲覧数:152

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 幼稚園のころ、父の仕事が「しゃちょう」だと聞いた。当時の僕はそれを聞いてすぐに、「出発進行!」と言いながら駅のホームで敬礼する父を思い浮かべた。お父さんはなんて格好良いんだ。子どもながらにそう思った。
 「しゃちょう」とは「社長」であって「車掌」とは全くの別物らしいと知ったのは、小学校に入学後のことだった。格好良い制服姿の父を想像した僕は、とても落胆した。
 社長という職業が具体的に何をする仕事なのか、なかなか理解することができなかった。
 車掌だったら友達にも自慢できるのに、社長って、一体何?

 小学校三、四年生の頃、父が大きな段ボール箱をいくつも家に運び込んできた。箱を開けると、そこには大量の洋服があった。それも黄色や赤と言った原色系の色の生地ばかり。よくもまあ、と子どもながらに呆れたものだ。
「どうだ、格好良いだろ」
 そう言いながら父が取り出したパープルのジャケットは、まるでガイコツにでも着せるかのような細い仕立てだった。
「イタリアで買い付けたんだ。これから服屋を始めるぞ」
 父がニカっと、白い歯を見せて笑った。
 しかしあいにくとここは静岡の片田舎。昼間は畑や工場で汗を流して、夜は巨人のナイターを見ながらビールで晩酌。そういう人たちが生活している場所だ。イタリアの服を欲しがる変わり者なんて、そうそうお目にはかかれない。
 案の定服屋は三ヶ月と持たずに閉店した。

「もったいないから俺が着るか」
 そう言って父が袖を通した真っ赤なシャツはやっぱり細身で、ボタンとボタンの間に間の抜けた楕円の隙間が出来た。それを見て家族皆で笑った。
 それでも、父が手元に残したブラウンのライダースジャケットは、長身で体格の良い父にぴったりだった。それを着た父はさながら映画俳優のようだった。

 その頃には、父はニュースやテレビで見るようないわゆる大企業の社長とは違うことがわかっていた。家にシャンデリアも無いし、ゴールデンレトリバーも飼っていない。それでも、父は僕の中のヒーローだった。大量の段ボールに埋め尽くされて家の中はまた少し狭くなったけれど。

 またある時は、めったに料理をしない父がおもむろに台所に向かったかと思うと、鍋に鶏肉やネギを入れてグツグツと煮出した。
「これはフォーって言ってな、ベトナムの料理で、日本で言うラーメンみたいなものだ」
 出された丼を覗き込むと、透明なスープの中に白い麺が沈んでいた。恐る恐る口に運ぶと、意外や意外、大雑把な父からは想像できないくらい、繊細な味わいだった。料理、得意だったんだ。
「なんで急に料理なんかしたの」
 嫌な予感がしたので、恐る恐る父に質問した。
「決まってるだろ。今度フォーの店を出すんだよ。美味しくてヘルシーだから、ラーメンなんかよりよっぽど人気が出るぞ」
 こうなったら行動が速いのが父だ。駅から徒歩圏内のオフィス街にあっと言う間に店を構えてしまった。

 フォーの店は出足好調だった。地元のOLの口コミで広がったらしく、平日のランチタイムには店の前に女性客の行列が出来ていたほどだと言う。
 だが、その人気も長くは続かなかった。店の料理人の一人が給料の値上げを申し入れた。だが、当時の店にはその余裕はなかった。元々短気な父は
「リスクも取らないやつが、偉そうな口をきくんじゃねえ」
 と怒鳴り散らした。結果、相次いで従業員が辞めることになり、店もたたまざるを得なくなってしまった。
 そして僕達一家は、もっと狭いアパートに引っ越した。

 その後も、父が事業に失敗する度に、そのような引っ越しが繰り返された。
 でも、その分家族の距離は縮まったように思う。切れかけの蛍光灯が照らす薄暗い部屋の中でも、父が次なる事業への夢を語る夕食の場は、とても明るかった。

 その後も父は野菜を作っていたと思ったら今度は不動産屋を始めたり(いつの間にか資格も取っていた)と、精力的に色々な事業に手を出していた。
 幸いにもその中のいくつかは成功し、今では社員数数十名規模の会社にまで発展している。
「どうして父さんは社長になろうと思ったの」
 ある日、今まで抱えていた素朴な疑問を投げかけた。
「人に頭を下げるのが嫌だったからさ」
 父はそう言って笑ったが、社長と言っても所詮は零細企業。資金繰りのために、銀行に頭を下げたことも一度や二度では無いだろう。事業に失敗したら、従業員も家族も路頭に迷ってしまう。そのプレッシャーはどんなものであったか。大人になった今でも、想像することは難しい。

 父は車掌ではなかった。けれど、電車よりも、もっと大きくて重たいものを日々動かしているのだ。
「お前も普通のサラリーマンにはなるなよ」
 そう言いながら父が飲むビールは、この世のどんな飲み物よりも美味しそうな琥珀色をしていた。


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