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ドーンヒルさん

趣味は、読書,旅行,写真です。 主に、純文学系の作品を書きます。 よろしくお願いします。

性別 男性
将来の夢
座右の銘 苦しむこともまた才能の一つである               フョードル・ドストエフスキーより

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朝焼けに映える涙

17/03/25 コンテスト(テーマ):第130回 時空モノガタリ文学賞 【 失敗 】 コメント:0件 ドーンヒル 閲覧数:191

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 急患を知らせる連絡が入ったのは、五時を少し過ぎた頃だった。雲の切れ間から顔を覗かせた太陽が、空を紅黄色に染めていた。烏の囁きが、遠くから聞こえてきた。
 「いつになく綺麗な朝焼けね」
 暁は、苦笑いを浮かべて、少しばかりしわになった、白衣に袖を通した。
 患者は、既に到着していた。睡眠薬の多飲による自殺を図った、若い女性だった。発見が迅速だったことと、薬自体がそれほど強力でなかったため、救命は、比較的容易だった。二時間もすると、すっかり意識を取り戻し、一般病棟に移された。
 その後、患者の搬送はなく、九時を迎え、当直業務が終了した。暁は、スタッフに、幾つか、労いの言葉をかけて、朝の患者の様子を診るため、病棟の方に向かった。ナースステーションに一番近い、こじんまりとした個室に、伊東静香の姿があった。
 「伊東さん、体調はいかがですか」
 暁は、見舞い用の椅子に腰かけて、尋ねた。静香は、無言のまま、顔を合わせようとせずに、軽くおじぎをした。
 「何か食べたいものとか、飲みたいものはありますか」
 「……」
 「少し、横になりましょうか」
 「……」
 静香は、終始、問いかけに答えなかった。視線だけでも合わせようと試みたが、俯いたままだった。それでも、暁は、笑顔で、お大事に、と声をかけ、部屋を後にした。扉を開けると、暁と同い年くらいの看護師がいて、ずっとこんな感じだったんです、と言い、静香の態度が気に食わない、と不平を漏らした。
 「まあ、彼女なりの理由があるのでしょうね」
 暁は、言った。
 「先生は、本当にお優しいんですね」
 看護師は、ため息交じりに、言った。暁は、にっこりとほほ笑んだ。
 「どんな患者さんに対しても、そんな笑みを崩さずにいられるのが、すごいです」
 暁は、そうかしら、と呟いた。看護師は、そうです、と言った。
 「私だって、最初の頃は、惰性だったのよ。上司の手技を見る内に、自分でもそれとなく出来るようになっていった。もっとも、軽症な患者さんばっかりだったからね」
 看護師は、意外そうに暁を見ていた。
 「経験を積んでいく内に、ある程度重症な患者さんを診るようになった。自慢じゃないけれど、ほとんど上手くいったのよ。運がよかったのね」
 暁は、顔を窓の方に向けた。青く澄み切った空が、本当に綺麗だ、と感じた。
 「脳梗塞で、意識不明になったおばあさんや、些細なことで殴り合い、内臓出血を起こした少年もいたわね。年齢も、性別も、生活も異なる患者さんたちだけれど、共通するものがあったの」
 「共通するもの、ですか」
 看護師は言った。
 「そう、幾多の波を乗り越えた人でも、どれほど強がりな人でも、意識がはっきりしてくるとね、涙を流すの。子供の頃読んだ絵本の中に、涙は、みんなお星さまだ、って書いてあってね、その通りだと思ったのよ」
 暁は、話を進めるにつれ、胸が熱くなっていくのを感じた。
 「がんと闘っていた男の子がね、泣きじゃくるお母さんを見て、綺麗、って言ったのよ。意識するようになったのは、あの時からだったのかしら」
 暁は、小児科を担当していた頃の話を暫く続けた。
 
 思い出すこと、語ることで、くじけそうになった心が癒される。経験を重ねていく内に、心のダムが満たされていく。人前では、決して見せられないが、胸の内では、時折、弱い自分をさらけ出し、堪えていた涙を流す。雷雨が過ぎれば、空が晴れ渡るのと同じで、自然と笑顔が浮かぶ。そう、可哀想な人が好きなんだ。私は、ただ、感動したがっているだけなんだ。

 暁は、看護師が、顔を手で覆っているのに気付いた。肩のあたりをそっと、撫でてやった。
 「その涙を忘れないようにね」
 暁は、そう言って、ハンカチを手渡した。看護師は、何度も、すみません、と嗚咽交じりに呟いた。
 暫くして、看護師は、すっかり落ち着き、それを確認した暁は、ようやく帰ることが出来る、と安堵した。
 「明日も来ます。伊東さんの服用した睡眠薬からすると、本気じゃなかったみたいだから、社会復帰も可能よ。ああ見えて、結構美人だしね」
 暁は、帰り際、看護師にそう告げた。看護師は、笑いながら、ありがとうございました、と言った。

 翌日の空もまた、雲一つなく晴れ渡っていた。病院に到着して、最初に、目に飛び込んできたのは、大勢の人だかりだった。近づくにつれ、患者、職員の騒めきがそれとなく耳に入って来た。皆、一応に、自殺という言葉を強調していた。
 人だかりを掻き分けて進んだ先にあったのは、伊藤静香の遺体だった。穏やかな笑顔で、生前よりも、かえって美しく見えた。暁は、そっと、静香の傍に腰かけた。
 「朝焼けの、せいかしら」
 ぽつぽつと零れ落ちる滴が、静香の朱色に染まった腕を伝わった。
 
  


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