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浅月庵さん

笑えるでも泣けるでも考えさせられるでも何でもいいから、面白い小説を書きたい。

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暗部を照らして

17/03/25 コンテスト(テーマ):第131回 時空モノガタリ文学賞 【 電車 】 コメント:0件 浅月庵 閲覧数:381

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 ◇
 人は想像力の乏しい生き物だ、と私は思います。
 あなたたちが考えているよりも残念なことに、ずっと。

 ◇
 私には血の繋がった家族が母親しかいません。それは私がまだ物心つく前に、父が病気で亡くなってしまったからです。
 それから母は女手一つで私を育ててくれました。
 裕福な生活からは程遠い、孤島のような場所に私たちは取り残されていましたが、私は母のことが大好きでしたので不自由はありませんでした。
 
 それなので夜な夜な聞こえてくる、母が電卓を叩く音と生気を吐くような溜息が大嫌いでした。
 私がすっかり寝入ったと思い込んでいる母は、険しい表情で家計簿と睨めっこをしています。そんな顔を、襖の隙間から一度だけ見たことがあります。
 それは普段、私に絶対見せることのない、鬼のような形相でした。

 ◇
 駅のホーム。通勤ラッシュの時間帯に、駅員さんが癖のある口調で、電車の遅延をアナウンスします。

 サラリーマンも私と同じ女子高生も、皆が一斉に騒ぎ始めます。
 人々の怒りが、ただでさえ汚く淀んだ都会の空気を濁らせていきます。

 その喧騒のなかで私は、自分がいる駅の、その一駅二駅前の光景を頭に思い浮かべます。
 電車を止めてしまったその人の、そこに至るまでの経緯は一体、どんなものだったのでしょうか。

 私は想像します。
 電車が滑り込んでくる直前、巨大な鉄の塊に身を投じた、名前も知らないあなたのことを。

 ◇
 私たち家族に転機が訪れたのは、母が商売で大儲けをしたからです。
 ただ、その内容というのは、完全にネズミ講でした。母はあまり頭は良くないみたいでしたが、人柄は良かったので次々に会員を増やしていきました。それがいけなかったのです。

 ーー私が小学六年生のときでした。
 母は私の友達の母親すらも、自分たちの金儲けのピラミッドに組み込もうとしていることを、嬉々として私に報告してきたのです。

 ただ、一般常識のある大人からすれば、それが違法であることは一目瞭然だったようで、私の周りから次第に友達が減っていきました。
 それとは反対に、懐の侘しさから解放された母は、以前よりもさらに笑顔が増えました。
 それなので私は、学校で孤立していることなんて、母には到底言えませんでした。

 ◇
 私たちの見えないところで、人ひとりが電車に轢かれて亡くなっています。
 それなのに皆、自分たちのことばかり優先で、死を悼む気持ちの欠片もないようです。
 こんなこと、日常茶飯事すぎて慣れてしまったのでしょうか。

 今日のこともそうですが、電車に乗っていると嫌気が差すような場面に幾度となく遭遇します。

 私は何度か、痴漢に遭いました。
 ただ、その都度怖くて抵抗もできず、終わりが来るのを待っていることしかできませんでした。
 加害者は欲望優先で、もし仮に捕まってしまった場合、その後のことなんて想像していないのでしょう。被害者の気持ちなんて、考えたことすらないのでしょう。

 ご老人に席を譲らない人、満員電車で大荷物の入ったリュックを背負ったままの人、イヤホンから音漏れしている人、車内で飲食を始める人。
 自分が他者に迷惑な行為をしている、そういった想像力に欠けている人ばかりで嫌になります。

 ーーただ今日、私も私の毛嫌いしている人たちと、同じことをするところでした。

 母の会員勧誘の成績が優れているということで、会社の幹部の人が、家を何度か訪れるようになりました。
 その度に、私は母の知らない隙に幹部の方からいたずらをされるようになりました。
 ただ、学校で一人ぼっちになった時と同じく、母には口が裂けても言えません。
 ですが、この日々がこれから先も際限なく続くことを考えると、もう耐えられなかったのです。
 
 そうです。今朝まで私は、この命を投げ捨てようと、そう考えていたのです。
 ただ、その気持ちはもう消滅してしまいました。

 私の隣に、電車の復旧を待つお母さんと小さなお子さんが立っています。二人の会話から、ずっと楽しみにしていた映画を観に行くようでした。
 ただ、電車の遅れから、二人で計画していたスケジュールに狂いが出たようで、残念がっていました。
 何だか二人の様子に、まだ私と母が本当の意味で仲の良かった頃を投影してしまいます。

 ーー私は母に、私の思っていることすべてを、今日の夜に話してみようと思います。
 母が悲しい顔をするのを見たくないから、どうせ私の言っていることなんて信じてもらえないから、などと考えていましたが、一筋の光すら与えないと、それこそ浮かび上がってこないことだらけなのです。

 そういった想像力が、時として行動の邪魔をすることもあるのだと、私は闇に自分を葬ってしまう寸前で気づかされました。


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