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クナリさん

小説が出版されることになりました。 『黒手毬珈琲館に灯はともる 〜優しい雨と、オレンジ・カプチーノ〜』 マイナビ出版ファン文庫より、平成28年5月20日発売です(表紙:六七質 様)。 http://www.amazon.co.jp/dp/4839958211

性別
将来の夢 絵本作家
座右の銘 明日の自分がきっとがんばる。

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ピルケース少年プリズナーズ

17/03/25 コンテスト(テーマ):第131回 時空モノガタリ文学賞 【 電車 】 コメント:7件 クナリ 閲覧数:330

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 僕が遠くの高校への通学に使っている単線の始発電車は、僕以外ほとんど乗客がいない。
 一人で静かな空間を占拠している感覚は悪くはなかったが、乗り継ぎ駅であるこの路線の終点までの数十分は、少々退屈でもあった。
 冬のある日、カーブの際に座面に置いていた手が滑り、背もたれと座面の合わせ目に突っ込んだ。すると、指先に何かの紙が触れた。
 引っ張り出してみると、それは無地のメモ用紙だった。
 男っぽい筆跡で、文章が書きつけてある。
『ありがとう。ちょっとむしゃくしゃしていて、ただ独り言を書いてここに挟んただけだったので、返事が来るとは思わなかった。君は、優しい子なんだね。俺と同じ高校生かな。またこうして、話ができたら嬉しい』
 どうやら男子高校生が書いた、手紙のつもりらしい。最初にこの男が何やら独白したメモをここに挟んだら、何かの拍子に別の人物(この男は相手を女子と見ているようだが)が見つけ、物好きにも返事を書き、これは更にその返事というわけだ。
 僕は、そのメモをポケットに突っ込んだ。意地悪のつもりではないのだが、それこそ僕も、何となくむしゃくしゃしていたので、つい――だ。

 それから何度か、始発電車の同じ場所に、同じ差出人からのメモを見つけた。
 内容は、世の中の不寛容であるとか、友達がいなくて寂しいとか、他愛のないものばかりだった。その度に僕はメモをポケットに入れた。
 開けっ広げに、自分の思いを会ったこともない他人に吐き出す文章が、無性にイライラした。
 メモには『どうしてあれから、俺に返事をくれないんだ? 気を悪くした?』と問う言葉も散見され、胸が少し痛みはしたが、強い苛立ちに任せて無視した。

 そんなある日、いつものように無人の始発に揺られていると、途中の駅で一人の女子高生が乗り込んできた。
 彼女は僕を見て、畑に悪さをする小動物を見つけたような顔をしながら、つかつかと歩み寄ってくる。
「そこ。あなたが手紙を盗んでるの?」
「……うん。まあね」
「おかしいと思った。全然手紙がやり取りできないから、どこかの誰かが盗んでるんじゃないかと思ったけど、まさか始発だなんて」
「わざわざ色んな時間帯の電車に乗って、確かめたのか。ご苦労さま。でも、単に相手に無視されてる可能性だってあっただろうに」
「私の相手は、そんな人じゃないの。手紙を返して」
 僕はポケットから、これまでの全てのメモを取り出した。ひったくるようにそれを手に取ると、彼女は自分の鞄にしまった。
「やめた方がいいと思うよ。こんなこと」
「あなたに関係ないでしょ」
「いくつかの可能性がある。ひとつは、単に君が、見知らぬ女子をからかってる。もうひとつは、からかってるわけじゃないが、君がその女子へ、自分の性別について嘘をついている。もうひとつは、君の心の性別が、見た目通りじゃない。どれにしても、こんな文通はやめるべきだ」
 ギシリときしむように、立ち去ろうとしていた彼女の動きが止まった。
「な……」
「おかしいと思った。差出人が男で受け取り手が女子なら、文通の断絶から何者かがメモを盗んでいることが分かって犯人を探し出そうとすることができるのは、男の方だけだから。女子の方からのアクションもないようだったし」
 彼女が奥歯を食い縛っているのが見えた。
「だから、あなたに関係……」
「こんないびつなやり方で人と繋がったって、いいことになんてならない」
「分かったようなこと言わないで。世の中、白と黒で割りきらなきゃいけないわけじゃないでしょ。相手を騙してるわけじゃない、ただ……」
「他の方法にしなよ。そっちがどんなつもりだろうと、騙されたと思った相手は、もう君を信頼してはくれない」
「だから、分かったような――」
 僕を見下ろす彼女の目が赤い。頭の中では、感情が激しく震えているのだろう。しかし。
「僕はスカートが履きたい。僕が好きな人は男の先生だった。恋を叶えるために色んな方法を考えたけど、全部失敗して、嫌われた。その過程で、沢山嘘をついたから、もう信じてもらえなくなって」
 彼女は、今度は呆然として立ち尽くした。
 ふた駅ほど通過する間、僕らはぼうっと見つめあっていた。

 それから、彼女は静かに僕の隣に座り、鞄からメモの束を取り出して読み返し始めた。
「私、ばかみたいなことばっかり書いてる」
 電車は終点に近づいていた。朝日が徐々に力強くなり、大勢に紛れた一日が始まる。

 隣に座る彼女さえ、僕の方を、もう一度も見なかった。
 終点に到着し、ドアが開くと、僕らは別々の扉からホームに降りた。

 似た悩み。似た苦しみ。でも違う。
 同じような薬が、けれど混ざり合うことを許さない壁で仕切られて収まっている、ピルケースのように。

 ホームの風は冷たく、まだ長い冬が続いていた。


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このストーリーに関するコメント

17/03/27 あずみの白馬

拝読させていただきました。

独特の世界観の中で私も「ピルケース」の中にいるような気持ちになりました。

クナリさんらしい、良作だと思います。

17/03/28 ぽん

面白かったです。
意外な展開で、先が読めませんでした。
短くても考えさせられる作品だと思います。
どこかさみしげな雰囲気が個人的には好きです。
素敵な作品をありがとうございました。

17/04/01 クナリ

あずみの白馬さん>
区別自体は誰にでもあって、少しずつ違うのは当たり前なんですが、その違いが阻害や孤立を生むのはこれも当然で、それが集団と結び付くとき、排斥も生じてしまうと思うんですよね。
ピルケースの蓋をちょっと持ち上げて、「やあ」と声をかけるかける自由もあることを忘れないようにしたいです。

ぽんさん>
掌編だと、あるワンシーンを鮮烈に切り取ったり、逆に空気感を出して雰囲気を作ったりしたくなるんですが、基本的にはストーリーラインのある作品が好きなので、お話で引き込むことができていたらうれしいです。
自分、寂しい話が多いんで、楽しんでもらえるように頑張ります(^^;)

17/04/01 まー

あずみの白馬さん>
区別自体は誰にでもあって、少しずつ違うのは当たり前なんですが、その違いが阻害や孤立を生むのはこれも当然で、それが集団と結び付くとき、排斥も生じてしまうと思うんですよね。
ピルケースの蓋をちょっと持ち上げて、「やあ」と声をかけるかける自由もあることを忘れないようにしたいです。

ぽんさん>
掌編だと、あるワンシーンを鮮烈に切り取ったり、逆に空気感を出して雰囲気を作ったりしたくなるんですが、基本的にはストーリーラインのある作品が好きなので、お話で引き込むことができていたらうれしいです。
自分、寂しい話が多いんで、楽しんでもらえるように頑張ります(^^;)

17/04/01 まー

あずみの白馬さん>
区別自体は誰にでもあって、少しずつ違うのは当たり前なんですが、その違いが阻害や孤立を生むのはこれも当然で、それが集団と結び付くとき、排斥も生じてしまうと思うんですよね。
ピルケースの蓋をちょっと持ち上げて、「やあ」と声をかけるかける自由もあることを忘れないようにしたいです。

ぽんさん>
掌編だと、あるワンシーンを鮮烈に切り取ったり、逆に空気感を出して雰囲気を作ったりしたくなるんですが、基本的にはストーリーラインのある作品が好きなので、お話で引き込むことができていたらうれしいです。
自分、寂しい話が多いんで、楽しんでもらえるように頑張ります(^^;)

17/04/01 まー

すみません、ツイートから作品のほうにとんできたのですが、押す場所を間違えてしまったのか前のクナリさんのコメントを連投したようになってしまいました。申し訳ございません。<(_ _)>

自分の性で悩み苦しんでいる人たちは大勢いるでしょうね。
そういった人たちが自分をさらけ出せる場を持てる世の中になればなと思います。

17/04/02 クナリ

まーさん>
謎現象ですね……!
性の苦しみ自体を全て書き表すことはできずとも、限られた字数の中で工夫を凝らせば、登場人物の人生のひとつのワンシーンで一端を語ることはできるかも……と思っています。
その上で、読み物として面白くなればいいのですが……!

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