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ナマケモノさん

地球最後の秘境に住むケモノです。

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桜車窓

17/03/24 コンテスト(テーマ):第131回 時空モノガタリ文学賞 【 電車 】 コメント:2件 ナマケモノ 閲覧数:194

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 車窓の外で、桜吹雪が舞っていた。
「春ですねぇ」
 桜の花びらを眺めながら、婦人は口を開く。
 柔らかな陽光が彼女の霧髪と、笑顔を照らしていた。向かいに座る僕は、曖昧に笑ってみせる。僕と婦人しかいない車両には、電車の駆動音が広がるばかりだ。
 突然話しかけられても、どう返していいのやら。それとも、先ほどから婦人を観察していたことがバレてしまったのかもしれない。線路脇に植えられた桜並木を、婦人は微笑みながら眺めていたのだ。その微笑みが知っている女性と似ていて、僕は思わず見入ってしまった。
「あの、どちらに行かれるんですか?」
「桜ノ駅まで」
 婦人は着物の袖で口元を覆い、にこやかに答えてみせる。
「あの、僕も一緒なんです。その……」
 見事に会話が途切れる。婦人の背後を眺めながら、僕は黙ってしまった。婦人の後ろでは、桜吹雪が舞っている。
「桜を見に行くのかしら?」
「あ、はいっ!」
「そう……。私もね、主人と一緒に桜を見る約束をしていたの。でも、あの人ったらあわてん坊で、私より先に行っちゃうのよ。だからこうやって、あの人の後を追っている最中……」
「あ、あの僕もそうなんです」
 婦人の言葉を聞いて、僕も思わず苦笑を浮かべていた。
 この会話を聞いたら、きっと茜は怒るだろうな。
 桜ノ駅の周辺は昔から桜の名所として知られている。戦前に植えられた見事な桜並木は、この時期になると美しい花を咲かせるのだ。
 その桜並木を、恋人の茜と一緒に見ようと約束したのだけれど――
「あなたも、置いていかれちゃったの?」
 婦人が楽しげに声を弾ませる。なんだかおかしくなって、僕は笑い声を漏らしていた。
「そうなんですよ。一緒に見ようって約束したのに、僕より先に駅に着いちゃって……。ちょっと酷いですよね」
「そうね、私の主人みたい。でも、もう追いつくわ――」
 婦人の顔が電車の前方へと向けられる。その直後、電車の速度が緩やかになった。速度を落としながら、電車はホームへと向かって行く。
「じゃあ、お先に失礼しますね」
 婦人が立ちあがる。笑顔を浮かべて、彼女はドアへと向かって行った。
 静かに電車のドアが開く。瞬間、大量のはなびらが車両へと舞い込んできた。その花びらの嵐の中に、婦人は進んでいく。
 婦人を眺めながら、僕は大きく眼を見開いていた。
 そこにいたのは婦人ではなく、美しい黒髪を桜吹雪になびかせる女性だったからだ。女性は笑顔を浮かべながら、ホームに立つ男性に抱きつく。
 そんな女性を男性も優しく抱きしめる。
 桜吹雪の中で、2人はお互いを強く抱きしめ合い、やがて消えていった――

「なにぼぉっとしてるのよ、直人っ!?」
 
 声が聞こえて、僕は我に返る。いつのまにかホームに茜が立っていて、僕を睨みつけていた。
「あれ……」
「ほら、さっさと降りないとっ!」
「あっ!」
 周囲にベルが鳴り響く。発車の合図だと気がつき、僕はホームにと跳び移っていた。僕の眼の前で電車は滑るようにホームを出ていく。
「たっく、ぼうっとしてると置いてっちゃうからっ」
 僕を睨みつけ、茜は僕に背を向ける。そんな彼女の手を、僕はとっさに握っていた。
「ごめん……」
「どうして私が桜見たいか、知ってるくせに……」
 彼女は弱々しく、僕の手を握り返してくれる。
 数日前、彼女の大好きだった祖母が亡くなった。生前、彼女の祖母は桜ノ駅の桜並木をしきりに見たがっていたという。
「話したよね……。若い頃に亡くなったおじいちゃんと、おばあちゃんここの桜を見る約束をしてたんだって……。でも、約束を守らずにおじいちゃんは亡くなっちゃって、おばあちゃんも……」
「茜……」
 茜の言葉が途切れる。彼女は振り向き、僕に潤んだ眼を向けてきた。
「バカみたい……。私、おばあちゃんの前では泣かないって決めてたのに……」
 震えた声を発しながら、彼女は俯く。そんな彼女を僕は抱きしめていた。
「2人とも会えたよ……。ちゃんと、会えた」
 僕は彼女に囁いていた。驚いた様子で彼女が僕を見つめてくる。
 桜吹雪の中で抱きしめ合っていた2人は、本当に幸せそうだった。そんな2人の笑顔を思い出しながら、僕は微笑んでいた。
 彼女の顔に笑みが浮かぶ。その笑顔は、桜の中に消えていったあの人にそっくりだ。
 春風が吹いて、桜吹雪が舞う。
 その花びらの1枚が、優しく彼女の頬をなでていった。
 


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このストーリーに関するコメント

17/03/25 まー

“静かに電車のドアが開く。瞬間、大量のはなびらが車両へと舞い込んできた。その花びらの嵐の中に、婦人は進んでいく。”
一見何てことない文章に見えますが、美しい映像が浮かびやすいのは体言止めが生きている証拠でしょうね。とても美しい作品でした。

17/03/28 ナマケモノ

まーさま
コメントありがとうございます。
本作は、なかなか思い描いていたイメージ通りに書けず苦労した作品でした。美しい作品とお褒めいただいて嬉しい限りです。

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