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雪見文鳥さん

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カツサンドの味

17/03/23 コンテスト(テーマ):第130回 時空モノガタリ文学賞 【 失敗 】 コメント:0件 雪見文鳥 閲覧数:269

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「黄色い道みたい」
 初めてその絵を見た時、私はそう呟いた。丸い月が、黄色く柔らかい光で夜の海を照らす様子が、水彩画独特のタッチで柔らかく描かれてあった。田舎町の小さな展覧会で、他にも色々な絵が飾られてあるのに、私はその絵の前から動けなくなってしまった。当時7歳だった私は、誰が描いたのかも分からないその絵を、まるでスケッチでもするかのように見つめ続けた。

 目の前に、水張りを済ませた水彩画用紙を広げる。白い画用紙。私は白い画用紙が大好きだ。白い画用紙には何だって描けるのだから。
 あの月の絵の事だったら、今でもまるで本物が今目の前にあるかのように、ありありと思い浮かべることができる。私もいつかあんな絵が描きたい。そう思いながら、絵の具の付いた筆を動かす。なのにその数時間後、私の目の前の画用紙に描かれているのは、あの絵とは似ても似つかない、不完全な、私の絵なのだ。

 水彩画を始めたのは、私が8歳の頃の事だった。私が水彩画に興味を持っていたことを知った父が、駅前の文房具屋さんで、パレットや筆、絵の具など、必要な道具を一式揃えてくれた。
 中学校に入学した頃からは、描いた水彩画をコンテストに出すようになった。しかし、それまであんなに楽しかった絵を描くことに対し、不安やプレッシャーを感じるようになったのもこの頃からだった。私は自分が描いた絵を様々なコンテストに出したのだが、成績は振るわなかった。
 初めてコンテストに応募し、そして落選した時の事は、今でもよく覚えている。寒い冬のお昼時、家に審査結果通知書が届いた。私は震える手で通知書を開き——そしてその場で泣き崩れた。
 入賞者と私の、力量の差はよく分かっていた。けれども私の絵だって、私にとっては今までの努力の結晶で、かつ世界に1枚しかない、かけがえのない絵だった。私の目からは涙が、鼻からは鼻水がだらだらと垂れるのを、震える両手で拭い続けた。
 ソファーに座っていた母は、励ます言葉が見つからなかったのか、泣き続ける私を、ただ黙って見つめていた。だが、ふと何かを思い出したように立ち上がり、台所へ向かった。数分後、私の目の前には、温かいカツサンドが置かれた。
「食べな」
 母にそう言われ、私は黙ってカツサンドを齧り続けた。しかし、鼻が詰まっていたために、カツの味も、ソースの匂いも分からなかった。ただレタスとカツを噛みしめる音だけが、口の中にざりざりと響いた。
 あぁ、これこそが「失敗の味」なのだろうと、私は心の中で呟いた。あれほどに不味いカツサンドを、私は今まで食べたことがない。母の優しさだけは、あのカツサンドにしっかりと染み込んでいた。

 その後もコンテストには何度も応募した。けれども、入賞する事より、落選する事の方が圧倒的に多かった。落選した日の夜は、いつだって悔しさで眠れなかった。
「落選し続ければ、いつかこの痛みにも慣れるのではないか」
 そんな風に思っていた時もあった。けれども結局、落選した時の苦しみに、私は遂に慣れることができなかった。1回目の落選も、13回目の落選も、私には同じようにつらかった。
 なんで私は絵を描いているのだろう。
 そんな疑問が、頭をすっとよぎる事が何度もあった。
 そんな疑問がよぎるたび、私の頭の中には、7歳の時に展覧会で見た、あの月の絵がくっきり浮かんだ。漆黒の海に、ぽっかりと浮かんだ黄色い道。静かで、柔らかく、ただただ温かく優しい世界。あの人が見ている景色と、私が見ている景色は違うのだろうか。だとしたら、絵ってなんて残酷なんだろう。
 でもいつか、私もあんな世界を描いてみたかった。私にだって、私にしか描けない絵があるんだって、そう思いたかった。
 いつか、私だって、素敵な絵を描いてみたい。あの絵に描かれた月のように、静かで温かいものを描いてみたい。その思いだけが、私を突き動かしていた。
 なんで私は絵を描いているのだろう。
 その答えを、私は今も探し続けている。

 町にでて、人混みに紛れながら、つい通り過ぎる人ひとりひとりを、じいっと見つめてしまう癖が私にはある。
 ここにいる人の数だけ、挫折体験があるのだろうか、と私は思う。例えばそこのベンチに座って、長い爪で器用にメールを打っているあの女性。あの人もまた、受験とか、部活とか、何かでつらい失敗をしたことがあるのだろうか。私とジャンルは違うけど、私と同じように、悔しくて眠れない夜を過ごしたことがあるのだろうか。
 何故私は絵を描くのか、その答えは今でも見つかっていない。けれども、私は絵を描き続けると決めた。思い通りの絵が描けない時は、無理に気持ちを取り繕おうとせず、思いっきり悔しがることに決めた。失敗の痛みは、そう簡単に受け入れてはいけないのだ。


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