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父と私の在来線帰省

17/03/23 コンテスト(テーマ):第131回 時空モノガタリ文学賞 【 電車 】 コメント:5件 こあら 閲覧数:462

時空モノガタリからの選評

様々なエピソードを通じて描かれる、父娘それぞれのキャラクターと心理的なズレが丁寧に的確に描かれていると思います。「一緒に通勤した」と言う父と、「同じ車両に絶対に乗らないように気を付けていた」という娘。これら数々のエピソードに対する二人の解釈の乖離具合がリアルで、またどことなくユーモアもあって引き込まれました。これは思春期の娘と父との関係性の典型的なものかもしれませんね。それにしても彼氏とのエピソードは、「私」にはかなり、きついものがあったことでしょう。さらにそれが「不倫」のきっかけとなった(と少なくとも彼女は思っている)のですから、それまで父に対して距離をとってきたことに対して説得力を感じます。とはいえ「私」の虚しさを受け止めてくれるのもまた家族なのでしょうね。父のセリフがほとんどないのに、娘と電車に乗りたかった父の気持ちがじんわりと伝わってきました。あっさりとした終わり方もいいですね。テーマ自体に目新しさこそさほどないかもしれませんが、父娘の心理的な距離の描写がうまく、また全体として無駄がなくよくまとまった作品だと思います。

時空モノガタリK

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新幹線を降り改札を出て目をあげると、父が立っていた。
「あぁ、ありがとう」
私はぼそっと言って、駅の出口へと歩き出す。
「おぉ、佐奈枝。今日はそっちじゃない」
父はオレンジ色の切符を差し出しながら言った。
「今日は在来線で帰るぞ」

父と私は、人気のない車両の四人掛けボックス席に、斜めに向き合う形で座っていた。
私の実家は、新幹線の駅から電車で三十分ほどかかる。帰省の際はいつも、新幹線の駅まで車で迎えに来てもらっていた。在来線は大きく迂回していておまけに本数も少ないからだ。それなのに、今日は…
「朝から車が故障しててな。電車で迎えに来たぞ」
父はしゃあしゃあと言う。それなら、一人で電車に乗って帰ったのに。電車で迎えに来られても何の意味もない。第一私はもうアラサーで、東京の満員電車に毎日乗っている身だ。今さら一人で電車に乗れないなんてこともない。何のための迎えなんだか。窓を眺める父を睨みながら思う。

私と父は、仲のいい親子ではない。帰省しても、ただいまくらいしかしゃべらない。
「なんで急に帰って来たんだ、盆や正月でもあるまいし」
父は車窓を眺めながら聞いてきた。
「別に、暇だったから」
本当は、暇だからじゃない。休みの日に一人でいたくなかったからだ。
土日は、城田さんと連絡が取れない…彼には妻子があるから。そんなこと父親に言えるわけもなく、会話はそこで途切れる。

「佐奈枝が高校生のころは、この電車で一緒に通勤したな」
停車した駅から、制服姿の高校生が何人か乗り込んできて、父は懐かしそうにそう言った。
「一緒に通学してたわけじゃないけど」
私は訂正する。父の職場と私の高校が同じ路線で、同じ時間に通学していただけだ。事実、私は父と同じ車両に絶対に乗らないように気を付けていた。

「変な男といたこともあったな」
思い出し泣きをしそうな顔で、父は回想を続けている。変な男って何、変だったのはお父さんだと言い返したくなる。
あれは夏休みだったか、講習終わりに彼氏と電車で帰宅していた。まだ昼過ぎだったので、父が乗っているわけないと油断していた。彼氏とドアの近くに立ち、流行っている映画の話をしながら、彼が私の髪を触っていたときだった。
ぱっと、ボックス席からおじさんが立ち上がったと思ったら営業帰りの父だった。
「あの時は絶望だった」
私は思わず独りごちてしまう。

父はずんずん近づいてきたかと思うと、彼の手をつかんで何かを大声で叫びはじめた。私は目の前で起きている出来事を認めたくなかったのか、その時の記憶があまりない。ただただ車内のクーラーと周りの人の視線が冷たかった。
次の駅で、父をふりきり彼と二人で降りたのだが、「あれ佐奈枝のお父さん?まじで?ちょっと無理だわ」とその場で降られたことだけ覚えている。
「こちらの方が絶望だったよ」
父は、私たちが別れた駅を見送りながら言った。この駅で降りたのはあの時だけだ、そう思いながら私もその駅を見送る。

私はあれ以来、きちんとした彼氏は出来ていない。今の彼氏、城田さんは既婚者のクズだ。
「佐奈枝ちゃん、一人で大丈夫だよね。奥さんからメール来たから、帰るね」
城田さんは、周りにばれないよう遠くに二人で出かけた帰りに、私をおいて自分は車で帰っていった。私はよく知らない街に取り残され、駅を探し、良く知らない電車で一人帰った。

「お父さんの、せいだからね」
私がこんな恋愛しかできないのは、お父さんのせいなんだから。あの時、彼氏とあんな別れ方して、お父さんとも上手く話せなくなって、へたに年上男に甘えたくて。今は私、不倫なんてしてしまってるんだから。
急に泣き出した私を見て、父はもごもごとしていた。やがて、手に持ったビニール袋をがさがさとさせて、何かを取り出した。
「食べろ」
「なにこれ…」
ちくわだった。父は自分もちくわを食べながら言う。
「駅で買ったんだ。電車で食べるとうまいといったのは佐奈枝だぞ」
話しながら食べないでよ、と思いながらちくわを受け取る。記憶がよみがえってくる。

小さい頃、父と電車でどこかへ出かけた帰り。私はなぜか駅の購買でちくわを父にねだった。
「電車で食べると美味しいから」と言って。そんなこと忘れていた。

「今日なんで電車で迎えに来たの?一人で帰れるのに」
「一人じゃ危ないじゃないか」
父にとっては、高校生の私も、今の私も、あの小さい頃に電車でちくわを食べた私のままなんだ。本当の私は、今日一人で電車に乗りたくなかったのかもしれない。
ちくわを食べ終わると、私はスマホを取り出して城田さんの連絡先を消した。もう地元の駅につく。

電車を降り、無人改札を出ると駐車場にはうちの車が止まっていた。
「車、あるんじゃん」
そう言うと父は、はははとカラ笑いをして、真っ先に車に乗り込んでいった。


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このストーリーに関するコメント

17/04/29 光石七

拝読しました。
父と娘の距離感・関係性がリアルですね。
お父さんの不器用な愛情と、主人公の明るい再出発を予感させるラストに、温かな読後感が残りました。
素敵なお話をありがとうございます!

17/05/08 こあら

17/05/08 こあら

光石七さま
コメントありがとうございます。
私自身の父も不器用で愛情が伝わりにくい人なのですが、きっと大人になった今でも愛してくれているんだろうなと思いながら書きました。
ラストは明るくしたかったので、温かいと言っていただけとても嬉しいです!

17/05/19 茶越桃代

17/05/19 茶越桃代

拝読しました。
じんわりと涙ぐみながら読み進め、とても感動しました。
この文章のなかに、沢山の背景、情景が目に浮かび、
読後もこの物語の登場人物や舞台に想いをめぐらしました。
ちくわを食べたくなりました。
本当に素敵でした。





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