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ぴっぴさん

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性別 男性
将来の夢
座右の銘 自動運転のフェラーリ

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すべてのわざには時がある

17/03/23 コンテスト(テーマ):第131回 時空モノガタリ文学賞 【 電車 】 コメント:0件 ぴっぴ 閲覧数:117

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渋谷で降りようと思っていた。薄氷の下はマグマではないか、それくらいに東京の夏は蒸し暑い。人は汗ばんだ肌をお互い触れないように距離に気を使いながら電車に揺られている。五反田あたりで赤い服を着た若い女の子が隣に座ってきた。札幌では若い男の隣に若い女の子は座りたがらないものだ、しかし東京は気にしないで座ってくる。それが上京した時に感じたことだった。東京では当たり前なのだと思いながらも、恋人のように見られるのだろうかと心配してしまう。そんな心を悟られないように車窓に映るコマ送りされているようなビル達に目を固定する。良いこともあれば悪いこともあるのだろう。恵比寿で禅の修行ならば大峯千日回峰行クラスの苦行のような事態が起こった。絶対にくっつきたくない大きな男が隣に座ってきたのだ。大きな男は人の迷惑という言葉を知っていて無視するタイプらしい。彼のヌルヌルした腕で、僕の肩から腕を座席の背もたれに押し付けて身動きできなくさせてしまった。プラスチックを間違って食べたような、いつまでも消えない不愉快さに男に一瞥をくれてやる。彼も禅の修行中なのか墓石のように前を向いたまま動かない。つまり無視されたのだ。もうすぐ渋谷なので立ち上がり席を立とうと思ったとき、僕の肩に若い女の子がコトンと頭を乗せてきた。髪の匂いがいつか嗅いだ花のようだった。よほど眠たかったのか、スースーと寝息を立てている。僕は立ち上がって同時に二人を押し返す力がなかった。世の中いつも天国と地獄だと割り切り、降りるはずだった渋谷を通り過ぎた。女の子は気がついた時どういう反応をするのだろう? こういう出会いから恋人になる人も、中にはいるのかもしれない。また僕がブチ切れて隣の大男に喧嘩を売ったら、一年後とかに殺しあう関係になるかもしれない。いつだって何かが始まって、何かが終わるのだ。
ズズズ……
鼻水なのか息を吸うと彼女の鼻がなるようになった。僕は可笑しくなり二人に挟まれて動けないながら楽しくなってきた。きっと彼女はイビキをかくのだろう。イビキをかく女性の隣に寝ている気分は寝た人にしかわからない。この子も結婚してご主人から枕を投げつけられる日が来るのか、と思うと貴重な体験をしている気がする。

原宿に着き汗だくの大男は急にスイッチが入ったかのように席を立ちセカセカと出て行った。自由になった僕の腕に彼の汗と体温が残っていた。
「意外と動けるんだな」
これくらいは背中に言ってやりたかった。
ホームのアナウンスなどで小声で話しても誰にも聞こえない。
と思っていたが、女の子が頭を動かした。聞かれたか?
別に聞かれて困る訳ではないと思い直し彼女の様子を伺った。
そのタイミングが人からは誤解されるほど良かったのだろう。
「これ……よかったら使ってください」
見ると目の前に立っていた男性がポケットティッシュを差し出している。
「彼氏さん? 彼女大変なことになってますね」
「?」
彼女の様子を見てびっくりした。
鼻から大量の血が出ている。しかも赤い服だったおかげで服にまでかなりの範囲で血が染みている。
「あぁっ!」
思えばなんてマヌケなんだろう。もしかしたら寝ていたのではなく、気を失って倒れ込んできたのかもしれなかった。
「僕が乗務員を呼んでくるので側についていてあげてください」
そう言ってティッシュをくれた男性は慌ただしく移動して行った。
失態だ。
「大丈夫ですか? 聞こえますか?」声をかけるが反応ない。
乗客は近寄って来る者はなく、近くの人が次のティッシュを準備しているくらいだった。
僕のせいだ。
「だ、だれか!医者か看護師の方いませんか?!」
僕は大声を出していた。ほんの数分前に隣になっただけの人の命を心底心配している自分がいた。

「医者だ」
50代の男性が手を差し伸べてくれた。
「とりあえず次の駅で下ろそう」
次にすることがわかるだけでもありがたかった。
「ああ……はい」
「君、お金持っているか?」
「ええ……5万くらいあります」
「なら彼女について行って病院代を払ってやれ」
周りの乗客が恋人同士と勘違いをしている。僕も恋人の資格を得たような気がして「わかりました」と言った。

乗務員と手を貸してくれた医者とで彼女を電車から降ろし、救急車に乗って病院に向かった。何から心配すればいいのだろう? 自分の用事がなんだったか、かなり前から思い出せない。でも、これでいいのだ。これでいいのに違いない。
今は僕が彼女を守るのだ。気がついた彼女にキモいと言われようとも……。


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