1. トップページ
  2. Third Car・前日譚

ツチフルさん

お時間があるときにでもお読み下さい。 都合上、新作を投稿するときのみのアクセスなので、感想などの返信が遅れてしまいます。 申し訳ありませんが、ご了承願います。

性別 男性
将来の夢
座右の銘

投稿済みの作品

1

Third Car・前日譚

17/03/22 コンテスト(テーマ):第131回 時空モノガタリ文学賞 【 電車 】 コメント:0件 ツチフル 閲覧数:157

この作品を評価する

 斉藤宗二はきちんと整えた白髪と手入れの行き届いた口髭が印象的な紳士で、どんなに空いていてもシートに腰をかけず、三両車の扉から入ってすぐのつり革につかまり六駅間を過ごす。
 若い頃はアカペラバンドに所属し、彼の担当はバスだった。
 腹に響く低音と完璧なピッチは今も健在だが、いかんせん披露する場がない。
 一度、雑誌で募集していたアカペラバンドに参加したが、宗二の完璧なベースは彼らの奔放な音楽と合わず五日で脱退した。
 今は一人でベースの練習をし、自己満足に浸るだけの日々だ。
 早川千絵は、毎日花束を抱えて三両車に乗り込む。花の種類は日ごとに変わるけれど、ピンクの花は稀だ。
 座席に余裕があるときは座るが、人と人の間に身体を埋め込むような下品なまねはせず、大抵は立ったまま四駅を過ごす。
 幼い頃から歌が得意だった千絵は、高校に入ってやはり歌の得意な玲奈と出会う。
 玲奈の澄んだソプラノと千絵の温かなアルトは相性も抜群で、二人は大学卒業と同時にプロへ進むつもりでいた。
 暗転するのは、仲間と出かけた卒業旅行。
 飲酒運転のトラックが車線を越え、玲奈の運転する車に激突したのだ。
 衝突の激しさからすれば、四人の同乗者のうち三人が生存できたのは奇跡だろう。
 命を落としたのは、運転をしていた玲奈だけだった。
 千絵はその日から歌の道を閉ざす。
 今は小さな商社の事務員で、毎朝玲奈の墓に花を添えてから出社するのが日課だ。
 ピンクの花はたまに意地悪をしたくなったときにだけ添える。玲奈はピンクが嫌いだった。
 瀬田悠一はいつもスマートフォンで音楽を聴きながら三両車に乗り込み、座れる座席があればすぐに座ってひたすら音楽に没頭する。
 イヤホンから流れるのは賛美歌。家族がキリスト教徒で、彼も中学生までは教会に通って賛美歌を歌っていた。
 その教会は賛美歌をポップ調にしたりロック調にしたりと、楽しんで信仰することを旨としていて、悠一は黒人牧師からボイスパーカッションを習い、六種類の打楽器を声で操れるようになった。
 しかし、両親の離婚とともに悠一は教会に通わなくなる。
 今はイヤホンから流れる賛美歌に、自分のボイスパーカッションを脳内で合わせるだけの毎日だ。



「本当にやるの?」
 七瀬響子は青い顔で三人を見た。
「当然。罰ゲームだし」
「負ける響子が悪い」
「でも、あれは…」
 絶対に仕組まれたゲームだった。三回のババ抜きで、全て自分にババがきて一度も誰も引かないなんてありえない。
「ほら早く」
 三人が肘で急かしてくる。
 罰ゲームは電車内で校歌を歌うこと。もちろん、車内に響く声で。 
 嫌だと拒めるなら、始めからここにいない。
 響子は観念して、校歌を歌い始める。
 震える唇から音程の外れた歌が紡がれていく。
 乗客が振り返り、三人は必死で笑いをこらえている。
 自分が音痴だと知ったのは中学の頃。それまでは綺麗な声だと皆が褒めくれるので、歌はうまいと思っていたのだ。
「もう、無理」
 周囲の視線に耐えきれず、響子は途中で歌うをやめてしまう。
「だーめ」
 友人たちは笑って首を振る。歌い終わらない限り許してくれそうにない。
「……ドー」
 唐突に響いたその声は、響子の声ではなかった。
 振り返ると、花束を抱えた女性がこちらを見ている。
「あなたの声、とても素敵ね。あの子にそっくり」
「え?」
「ドー。これがド」
「……」
「ほら。ドー」
「ど、どー」
 わけがわからないまま、響子は声を出す。
「ドー」
 声を出しながら女性は左手を上へ。もっと高くという意味だろう。
「どー」
「ドー」
 女性の手が上から下へ、また上へと動き―― ふいに二つの音が重なった。
『ドー』
 ドのユニゾンが三両車に響き渡る。
「ミー」
 女性は続けてミの音を出し、響子は流されるまま続く。
 ミのユニゾンが出来るとソに移り、三音のユニゾンが出来ると今度はそれらを繋げる。
『ドーミーソー』
 三両車にドミソのメロディが響き渡る。
 誰も何も言わないのは、二人の声に聞き入っているからだろう。
 そこへ、ボンボンと低音が響く。
 見ると、つり革の白髪紳士がベースを刻んでいる。
 さらに、ハイハットとスネアの力強いショットが二人のハーモニーを彩る。
 スマホ少年のボイスパーカッションだ。顔を赤らめつつも衝動を抑えきれなかった様子で、得意のリムショットを打つ。
 花束の女性は響子のドミソに三度の和音を合わせる。
 やがて誰からともなく手拍子が起こると、三両車はにわかにコンサート会場となった。



 この出会いにより【 Third Car(三両車)】は誕生した。
 そして、この日に生まれたドミソのアカペラは、今もライブの始まりに彼らが必ず歌う大切な一曲となっている。


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

ログイン
アドセンス