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秋 ひのこさん

歯について考える時、右と左がよくわからなくなります。右奥だっけ、左奥だっけ。虫歯が絶対にあると思われるあの場所を伝えるべく「ええと、右です。そして上な気がします」と言ったら先生が「うん、上は上でも左ですよね」とか言う瞬間が恥ずかしいので、虫歯は放置しているような人間です。こんにちは。 

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わらいもの、それから

17/03/22 コンテスト(テーマ):第130回 時空モノガタリ文学賞 【 失敗 】 コメント:0件 秋 ひのこ 閲覧数:246

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『ううう、顔だけ良くてすみませんんん』
 アイドル顔負けの童顔をくしゃくしゃに歪め、半泣きで決め台詞。スタジオがどっと笑う。「失敗芸人」として一気に躍り出た「ムーちゃん」の顔が画面いっぱいに映る。
「ムーちゃん昔からああだったもんね」
「ムーちゃんがいたから笑いが絶えなかったな」
 同窓会という名目で頻繁に集まる地元の飲み会で、20年来の元級友たちは懐かしそうにムーちゃんこと、ムトウエイジを繰り返し語る。

 最初は何かの冗談かと思った。
 皆が皆、記憶違いをしている。
 不器用で勉強も運動もできない。何をやっても失敗ばかりのムーちゃんは、確かにクラスの笑いの的だった。
 今、テレビの中でわざと三輪車でこけたり、わざと塩入りのケーキを用意して先輩芸人からどやされたり、わざととんでもない敬語を使って周囲を笑わせているのとは、違う。
 あの頃、ムーちゃんは「わざと」抜きで絶望的に「嗤われて」いた。
 何故皆、そのことを覚えていないのだろう。

 いつも濡れているように見えた大きな瞳。色白のチビ。裏返ったような甲高い声。ムーちゃんは嫌われたり苛めの標的にならない代わりに、道化という立場でのみ存在を許されていた。
 狭い田舎で小中高を同じ仲間と過ごす。時と共に変わったことと言えば、ムーちゃんに対する一部の女子の評価が「道化」から「美少年」になったことくらいだ。
「たいした出世だよ。あの頃とやってることは変わんないのに、今じゃ国民的スターだもんな」
 違う。
 失敗を恐れて緊張して失敗していた昔と、失敗しようと大袈裟に失敗してみせる現在。
 何故、皆気づかないのだろう。
 何故、他人の「失敗」がそれほど面白いのだろう。人がそれを笑う時、計算か不可抗力かは、おそらくどうでもいい。人は嗤う。他人の不幸を。

 ムーちゃんは俺たちの飲み会に現れたためしがない。有名になる前も、後も。だが、皆ここもやはり勘違いしている。
「ムーちゃん有名になった途端に来なくなったしな。連絡しても『忙しいからごめん』の一点張り。売れっ子芸人様はこんなところに顔出す暇はないのな」
「こう言っちゃなんだけど、一発屋で終わるんじゃないかな。そしたらこっち戻って役場主催のショーとか出るかもよ。あたし観光課の課長からコーディネーター頼まれてるもん」
「ダイチ、仕事で東京よく行くんでしょ。たまにはムーちゃんつかまえてきてよ」



「ダイちゃん」
 ムーちゃんが現れた。売れる前と変わらない、よれたジーンズにだぼだぼのパーカー。変わったのは、居酒屋であろうとバーであろうと、座る席が完全個室になったこと。
 俺は同窓会を含めて地元のことは一切話さない。ムーちゃんも聞かない。
「最近、前に比べたらちょっと仕事減ってきてるんだよね」
 女が好むような甘ったるい苺のカクテルを舐めて、ムーちゃんがこぼす。
「覚悟はしてたけど、そろそろ下降に入るのかなあ」
 早い。ムーちゃんが爆発的に売れたのはたった二年前だ。元級友が口にしていた「地元のショー」が頭をよぎる。娯楽の少ない地元なら、あと5年は大スターとしてもてはやしてくれるだろう。
「ダイちゃん、僕がこの仕事に失敗したら、どうする?」
 お前の場合『失敗=大成功』だろ、と茶化して頭をはたいてみせた。ムーちゃんはへらへら笑った。目の周りに疲れが浮いている。無理しているのだ。売れっ子芸人の生活も、多分、芸風も。
「一応、アイデアはあるんだ。失敗っていうかいよいよテレビから消えるって時は」
 ムーちゃんは半分眠そうな顔をしてさらりと言った。
「どーんとカミングアウトして最後に世間をあっと言わせる。で、ダイちゃんとこに転がり込んで、めでたくゴールイン」
 口に含んだビールを噴出しそうになる。ビールどころか心臓が飛び出してきそうだった。ムーちゃんが恥ずかしそうに笑っている。俺は今、プロポーズされたのだ。
 
 断れば、ムーちゃんの求婚は失敗。これこそ、ムーちゃんの一生のネタになる。
『ううう。顔はいいのにプロポーズ断られましたあああ』
 人は笑ってくれるだろうか。嗤うだろうか。『失恋したゲイ』ネタでどのくらいもつだろう。
 見ると、ムーちゃんの大きな黒目が潤み出している。
 俺は思わず苦笑した。実はまったく同じことを考えていたのだ。
 消費期限の短い世の中にどんと爆弾を落として、おさらば。ただ、ムーちゃんが地元で暮らす俺のところに来るのではなく、俺が東京へ行く。
 いつまでもムーちゃんに「笑いもの」を求めるあの町ではなく、隣で生きる他人の失敗をせめて知らん顔してくれそうな、東京へ。
「ひどい。笑うかな、そこで」
 口を尖らせたムーちゃんに、俺はまた笑う。早く「成功」を伝えなければ可愛そうだ。それを意地悪くもったいぶっている自分に嗤っているのだった。


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