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木野太景さん

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喜び一番

17/03/21 コンテスト(テーマ):第130回 時空モノガタリ文学賞 【 失敗 】 コメント:0件 木野太景 閲覧数:184

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 三月の暖かいある日、まだ十代の若い女性が、駅前広場のベンチの前でしゃがんでいた。春の風が吹くと、彼女の長い髪は自由に踊り、髪の結び目に添えられたアネモネの花飾りも一緒に揺れた。彼女は顔にかかる髪を鬱陶しそうに手で払いながら、地面の上の何かを探していた。
 数分前まで、彼女は嬉しかった。大学が休みの間に新しい春服や靴を少し揃えようと街で買い物をしていたら、あと一点しかない素敵なワンピースに出会った。街頭で受け取ったチラシに、帰りに寄ろうと思ったカフェの割引クーポン券がついていた。
 ――今日はとっても幸せ! 
 ――また何か良いことがありそう!
 と、それまでの時間が、彼女にその後を無駄に期待させた。
 駅前広場に差し掛かると、向かい風が吹き彼女は立ち止まった。近くのベンチに荷物を置くと目をこすった。埃が入ったようだ。彼女は目薬を取り出そうと、下を向いてバッグの口を開けた。
「あっ」
 彼女の右目からコンタクトレンズが落ちた。彼女はすぐにその場にしゃがみ、手で地面を触りながら探した。
 ――ああ、ああ、落ち着いて自分
 ――慌てたら見つけられない
 彼女は、過去にも何度かこのハードコンタクトレンズを外出先で落としていた。落として苦い思いをする度に、気をつけようと心掛けてきた。レンズ自体は彼女の目の形に合っている。それでも何かの拍子にポロッと落としていた。
 地面に落ちたコンタクトレンズは、探しても、探しても見つからず、彼女は困り果てた。
「どうしたんですか」
 彼女が顔を上げると、三人のスーツ姿の男性が立っていた。声をかけたのは四十歳くらいの男性で、他の二人はもう少し若い。彼女は彼らの風貌から怪しい人物ではないと判断した。
「コンタクトレンズを落としてしまって」
「どの辺りですか」年長の男性がたずねた。
「下を向いた時に落としたので、きっとこの辺りなんです」
「風があるから、飛ばされたかもしれない。私たちも気をつけて見てみましょう」
 三人はその場にしゃがみ、コンタクトレンズを探し始めた。彼女は驚いた。まさか、見ず知らずの人たちが探すのを手伝ってくれるとは思わなかった。

 四人は辺りを隈なく探したが、一向に見つからなかった。次第に彼女は、三人を長く引き止めて申し訳ないという思いが先行し、探すことに集中できなくなった。
「あの、一緒に探していただいて、ありがとうございます」
 三人は顔を上げた。
「これだけ探しても見つからないので、残念ですけど、諦めます」
「そうですか。見つかりそうな気はするんですけどね」年長の男性はもう一度地面を見た。
 四人は立ち上がった。彼女は、三人に向き合ってもう一度礼を言おうとした。その時、彼らが小さなスーツケースを持っていることに気付いた。旅行だろうか。咄嗟にそう思った彼女は、そのままポロッと口に出した。
「ところで、皆さんはご旅行ですか」
 年長の男性が一瞬顔をしかめ、彼女はどきっとした。他の二人も苦笑いしている。失言だったと分かり、
「あの、本当にありがとうございました!」
 慌てて頭を深く下げ礼を言った。三人は「では」と短く挨拶して去った。
 彼女は、スーツを着た三人が颯爽と歩く後ろ姿を見て、出張で来ていたに違いないと思った。そして赤面した。幼稚で軽はずみなことを言った自分に嫌気が差した。
 街頭でもらったチラシを破った。落ち込んだ彼女の手に、春の服や靴の入った紙袋は重たかった。
 ――今日は最悪な日
 ――ほんと、嫌になる
 強い風が長い髪を吹き上げ乱した。顔にかかる髪の下で彼女は涙ぐんだ。

 帰宅して自室に入ると、彼女はバッグや紙袋を床に置き、クッションを抱えて座り込んだ。クッションの上に乗せた顔が徐々に沈んでいった。駅前広場の出来事を思い返し、あの時ああしなければ、言わなければと後悔した。
 しばらくそうしていたが、紙袋が音を立てて倒れるとクッションから顔を離した。
 ――コンタクトレンズは新しいのを買おう
 ――失言なんて小さな失敗、失敗
 ――次、気をつければいいんだから
 彼女は左目のコンタクトレンズを外し眼鏡にかけかえた。視力が安定すると気持ちも落ち着いた。上手に結んだ髪はそのままにして着替え、メイクを落とした後はバッグの中身を整理した。整理するほど多くの物は入っていなかったが、これは彼女の帰宅後の習慣だった。財布とポーチを取り出した時、彼女は光る物を見た。
「あった」
 コンタクトレンズが、バッグの底にあった。
「あった!」
 地面ではなく、バッグの中に落ちたのだった。
「よかったー!!」 
 この瞬間、彼女の憂鬱は歓喜の風に吹き飛ばされた。気をつけようという意識も宙に舞い上がった。春一番のようなこの強い風を、揺れるアネモネの花飾りがクスクス笑っている。


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