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田中あららさん

性別 女性
将来の夢
座右の銘 仏ほっとけ、神かまうな

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真矢の決断

17/03/21 コンテスト(テーマ):第130回 時空モノガタリ文学賞 【 失敗 】 コメント:4件 田中あらら 閲覧数:409

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聡子の話
 私の理想は、夫が生活や将来の不安がないぐらい十分に稼いでくることが基本である。そのために私はサポートをする。共通の趣味である美術館やコンサートに行った後、洒落たレストランで食事をし、たまには遠くに旅行する。穏やかに言葉を交わし、微笑み合う生活だ。
 今の私といえば、生活を支えるための仕事をしている。夫が起業して社長夫人でいられた時期もあったが、ほんのいっときだった。娘の教育費を稼ぐため、ご飯を食べるため、私が稼いでいるのだ。そして家事は完璧にやっている。それなのに夫ときたら、ありがとうの一言も言わない。始終顔が暗い。どうしてあんな夫を選んでしまったのだろう。大恋愛が呆れる。後悔が尽きない。

直道の話
 俺は起業した。羽振りのいい時代もあったが、不況で経営が立ち行かなくなり10年続けた会社は倒産した。気持ちを切り替えて仕事を探したが、中年の就職は難しい上、会社を潰した元社長を雇ってくれる会社はない。やっと見つけた町工場での労働では家のローンを返すことが精一杯で、娘の教育費を十分に出すことができなかった。専業主婦だった妻が頑張って働いてくれたおかげで、娘は大学を卒業することができた。今や妻は俺より稼いでいる。しかし稼ぎが良くなるにつれ、可愛げがなくなってきた。俺は見限られている。妻は家を売ろうと言う。家を売ったら離婚する気に違いない。家は俺の最後の砦だ。この家を手放したら、俺には何も残らない。

真矢の話
 小さい頃はお嬢様、今はキャリアウーマンの私を育てた両親は仲が悪い。お嬢様だった時には、家族揃って出かけたものだ。瀟洒なマンションの部屋にはセンスのいい家具やピアノが置かれ、習い事もした。しかし、父の仕事がうまくいかなくなってから状況が一変した。
 母は宝石店の店員になった。接遇センスがいいことから、売り上げが上がり、今ではマネージャーになっていて、父の収入をはるかに超える稼ぎがある。母が私を大学に出してくれたと言っても過言ではない。完璧主義者の母は、結婚が失敗だと言う。結婚すべきじゃなかったと。では、その結婚で生まれた私はなんなのだ。失敗作なのか。母はそこまで考えて言っているのか。と、やりきれない気持ちになったこともあった。しかし今は、私のために頑張ってくれたことを素直に感謝している。
 一方父は、淡々と工場で働く毎日である。収入の半分はローンの返済にあてているはずだとは母は言う。あとは公共料金、保険代、携帯代などで手元にはあまり残らないはずだ。父の新しい仕事を母は嫌った。収入が減ったからだけではない。労働者になったからだ。父は無口になっていった。父は母に対して無口だが、私に対しては時々冗談を言う。母に対してぶっきらぼうな態度をとる父の心理がよくわかる。引け目を感じているのだ。自然に振る舞えばいいのに、いつも緊張している。この夫婦は私への愛だけで繋がっていると思うことがある。
 二人は人生に失敗したと思っているが、生活できているではないか。私はひとり娘として、彼らの自信を回復しなければならない。私自身が彼らの失敗作でないことを証明しなくてはならない。自慢の娘でいなければならない。そのプレッシャーは大きい。

真矢の決断
 私は連日の残業で寝不足の上、週末に風邪をひいた。月曜日になっても回復せず、仕事を休み病院に行った。薬と睡眠のおかげで午後には気分がよくなり、お茶を飲みながらぼんやり家のこと、両親のことを考えていた。すると突然激しい閉塞感に襲われた。いたたまれなくなり家を出たものの目的があるわけではない。ブラブラ歩いているうちに、父の勤める小さな町工場の近くに来ていた。前を通りかかると、休憩中の従業員が外で歓談していた。父もいた。男たちは大きな声で笑っていた。父の屈託のない笑顔を久しぶりに見て、少なからず動揺した。そこには父の世界があった。
 私はその場を後にし、何かに促されるように街の中心部にある母の職場に向かった。職場での母の姿を見たかった。面のガラス越しにみる母は、店の奥できびきびと立ち働いていた。若い子に指示しながら、笑顔で接客する母は美しかった。営業用の笑顔ではなく、明らかに仕事を楽しんでいた。そこには母の世界があった。
 私はその足で、近くの不動産屋に立ち寄り、次の週末、両親の反対を押し切ってアパートに引っ越した。家を出るときに、両親に手紙を渡した。
「お父さん、お母さんへ。二人が協力し私を育ててくれたおかげで、独り立ちする力を身につけることができました。住む家があり、飢えることなく、大学を卒業するということは、大変幸福なことでした。それができない人が大勢いるからです。職場でのお父さん、お母さんの生き生きとした姿は、私に自信を与えてくれました。ありがとう。 真矢」
 青空の下、ひとつ深呼吸をした。


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このストーリーに関するコメント

17/03/21 まー

物事の捉え方などきっちりと三者三様に描かれており、ラストも収まるところへ収まったという感じで読んでいて気持ちよかったです。いや、夫婦の未来を考えると暗澹たるものがありますが(笑)。

17/03/21 田中あらら

まー様
コメントありがとうございます。
そうですね、夫婦の行方には私も興味があります(笑)。
とりあえず子供は親を踏み台にしていくことが第一歩であると、二人の息子を持つ親として考えました。
感想を書いてくださり、うれしかったです。

17/04/17 光石七

拝読しました。
スッキリと読みやすく、読後感も良かったです。
娘の手紙をきっかけに、両親の夫婦仲も改善されたらいいなと思います。
私も今一度両親に感謝したいですね。
素敵なお話をありがとうございます!

17/04/18 田中あらら

コメントありがとうございます。
個人的なことですが、私もたくさん失敗してきました。
なので、息子たちには親の失敗を踏み台にして自立をしてほしいと願っております。
そんな気持ちが文章に出たのかもしれません。
私も親に感謝しようと思います。

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