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浅月庵さん

笑えるでも泣けるでも考えさせられるでも何でもいいから、面白い小説を書きたい。

性別 男性
将来の夢  
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かみきりインザモーニング

17/03/19 コンテスト(テーマ):第130回 時空モノガタリ文学賞 【 失敗 】 コメント:0件 浅月庵 閲覧数:336

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 黄緑色のカーテンを、ユリが勢い良く左右へと開く。
 カーテンレールから流れるシャッという小気味良い音は、夢から帰ってきたばかりの僕の体と心をシャンとさせた。
 ベランダに繋がる大きな窓。そこから広がる景色が朝を告げる。名も知らぬ山々を遠くに眺めながら伸びをしていると、ユリが古新聞を何枚か広げた。
「これ被ってね。髪の毛おちるから」ゴミ袋の底の部分を半円形にチョキチョキ。お手製のケープから頭を出すと僕は、僕だけの特等席へと腰を下ろした。

「いつも通りでお願いします」
「はいはい」
 はいを二回重ねられると大抵の人は不安に陥りそうなもんだけど、ユリはいつも僕の髪型を綺麗に整えてくれるので心配はしていない。
 ユリは慣れた手つきで迷いなく、僕の髪の毛をカットしていく。

「同棲して二年、あっという間だったね」
 僕は何気なく、思いついたことを言った。
「厳密に言えば私がハルの家に“押しかけた”って感じだけど」
「最初あまりにも荷物が多すぎて、ビックリだったなぁ」
「女子っていうのは、色々必要なんですよ」
 短い毛束が肩に、パラパラと降り積もっていく。
「荷物と言えばさ、近場の公園でお弁当食べようって計画した時も……」
「またその話〜?」
「ユリ、張り切りすぎて大量におにぎりとおかず作ってさ。何かやけにカバン重いなって思ったら」
「おにぎりだけで二十個くらいあったからね」
「結局食べきれなくて夜ご飯行き。あれは笑ったな!」
 僕たち一体何人家族だよ!って、ツッコまずにはいられなかったのを思い出す。
「それを言うならハルだって」
「何かあったっけ?」
「私の誕生日にペアリングくれてさ。夜景を見ながら渡すとかロマンチック〜って思ってたのに」
「いざ付けたらスカスカ!」
 僕とユリの声がハモって、二人して笑う。
「指輪のサイズなんてわからんよ」
「そこは事前に調べとくもんでしょ〜」
「サプライズしたかったからさ。少しでも普段と違うことすると、勘づかれるじゃん」
「女子は鋭いからね!」
 顔が見えなくてもユリが、今キリッとした表情をしているのがなんとなくわかった。

 ーーユリの細長い指先が僕の髪の毛一束一束を捉える。ハサミがスライドする度、僕の頭は軽くなっていった。

「色んなことあったけどさ、楽しかったよ」
「うん、私も楽しかった。ハプニングばっかだったけど」
「まぁ、そっちの方が印象に残りやすくて良いんじゃない?」
「……かもね」
 ユリが僕の前に回り込む。あとは前髪を整えれば終わりだ。指先で引き伸ばされた髪の隙間から、ユリの表情を覗く。大きい瞳にパッチリ二重。高い鼻に薄い上唇。見慣れたはずのユリの顔が、何故かいつもと違って見えるのは気のせいだろうか。

「おー、ありがとう!」
「ちゃんとシャワー浴びるんだよ」ユリが散髪に使った新聞紙をクシャクシャに丸め、ゴミ袋へ押し込んだ。
「うん、わかってる」
「それじゃあ、私もう行くね」ユリは僕の頬の辺りを両手で包むと、数秒だけ僕の瞳を見た。少し冷たくてサラサラな、いつものユリの手だった。

 僕はユリに言われた通り、シャワーで細かい毛を洗い流しながら、ユリと付き合ってきた日々を改めて振り返る。
 切られた髪の毛のグラム分軽くなったはずなのに、後悔の感情分だけ重くなったような気がした。
 
 ーーこれは全部僕のせいなんだ。
 もうユリはこの家には戻ってこない、二度と。

 お風呂場から出て洗面台の前に立ち、ドライヤーで頭を乾かす。
 僕は柄にもなく、頬の辺りに温度の一筋が伝っていることに気づいた。
 最後にユリは、僕の髪を切ってから出て行くと言った。それに比べて僕は、彼女に最後の最後まで何もしてあげられなかった。

 バスタオルで顔を拭い、ドライヤーのスイッチを切る。僕は自分の不甲斐ない顔を見るのが嫌で、できるだけゆっくりと顔を上げた。

 すると目の前の鏡には、ガキんちょに何度も噛みつかれたみたいな前髪の僕が映っている。何だよこのチンチクリン。嘘だろ。
 ユリのやつ、最後の最後にやらかしてくれたな。

 自分の間抜け面があまりにも滑稽で一旦は笑うけど、途端に僕は冷静になった。

 ユリのあの時の顔。僕の前髪を切る時、確かにその瞳は潤み、感情が溢れていた。
 もしかしてこれは嫌がらせなんかじゃなく、視界がぼやけて手元がくるってしまったのかもしれないと推測もできるけど。
 実際のところ真相はわからないし、僕にはもうユリに確かめる術も資格も残されていなかった。
 
 でも、鏡を見る度僕はユリのことを思い出しそうな気がするから、しばらくはこのままでいい。

 どうせ髪は伸びてこの失敗はそのうち消えるだろうから。
 せめてそれまでは、僕自身の大きな失敗を、もう少し噛みしめなくちゃならない。


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