くまなかさん

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呪い

17/03/19 コンテスト(テーマ):第130回 時空モノガタリ文学賞 【 失敗 】 コメント:2件 くまなか 閲覧数:345

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 さくらの飛沫を浴び、ビールが詰まって重いスーパーの袋を持ち替えながら、僕は”お母さんは大丈夫だから、将来お嫁さんがきたらうんと大事にしてあげて”最期に聞いた母の言葉を思い出していた。時刻は午後の四時、待ち合わせは午前十時だったはずだ。幾ら女性が身支度に時間がかかるといっても、流石にドタキャンだろう。十二時を超えた辺りから携帯を一時間に一度鳴らすも”おかけになった電話は電波の届かないところに……”。
 前のデートでは彼女は三時間遅れてきた。”ちょっとお腹を下していて”その前のデートでは二時間。”ごめんね、近所の人に捕まっちゃって”出会ったばかりの時には僕よりも先に駅前の時計の下に居た。”待つのも楽しいね”付き合って三年、飽きとは残酷なものだ。やっと届いたラインには”忘れてた”。こうなると誰も彼もが嘘つきに思える。
 余った時間とお金で兄を呼ぶと、兄は五百ミリのビールを「半年ぶりだ……!!」喉越しもわからないほど少しずつ口に含んだ。一日五百円の小遣いで昼飯を捻出せねばならない彼が言う「結婚だけが幸せじゃないさ」は確かに重みがあった。
さくら公園はゆっくりと夕暮れを迎えて、茜色の中でも花は白く咲いた。またちびりとやる兄の結婚指輪がひかり「もう、終わりだな」「流石にね」僕は黙る。
「お前は優しいから、きっと次には良い彼女が来る。良かったよ、俺みたいに勇んで結婚しなくて」
 兄は辛うじて二十歳になる頃に結婚した。神童と呼ばれるほどサッカーが上手かったけれど、選んだ道は専門学校、整備士だった。
「後悔してる?」
「まぁ。みさきはもっとしてるだろうな」
中学時代から面識がある兄嫁は、将来サッカー選手になる兄しか想像していなかっただろう。「……鬼嫁にもなるってもんだ」顔合わせの席で、父に夢を支えるから、兄を説得してくれと頼んでいた様子を覚えている。
「もう、ボールは蹴ってないんだ」「リフティングぐらいはするよ」「チームに所属とか」「子供が大きくなって、やりたいって言ったらな」
僕は何も言えずに、チューハイの缶を傾ける。彼女が好きだった、レモンの絵が黄色く光る。「でも、親心としては手に職をつけて欲しいなあ」兄はベンチに缶を置き、つまみのチーズを漁る。空腹に酒を収めたからか、少し頭がくらくらする。兄の、昔と比べて情けなく丸まった肩に「覚えてる? 母さんの最期の言葉」酒のにおいを吐きながら聞いてみた。僕より一まわり太い眉を顰め「お前も馬鹿だな、あれはお前が幸せであればいい、っていう親心だけだって」親になって、やっとわかったよ。
 それが、とても嘘くさく思えて「大人になったな」嫌味も込めて呟いた。「そりゃあ、こうして酒が飲めるぐらいなんだから」余り声には出さなかったけれど、兄は確かに苦笑して「お前、酒で失敗した事ってあるか?」さくらを見上げた。
「……あるよ」
 そもそも、ドタキャンをした彼女と付き合い始めたのも、二人共どろどろに酔ってホテルへ入ったからだ。兄が味わった甘酸っぱいような恋を、僕は知らない。神童と呼ばれるような才能なんて、なんにもなかったから。「上司が決して脱がない帽子を」とりあえず作り話をしたけれど、兄は「うわっ」「ひっでえ」まるきり信じたように笑っている。
 空腹に、少しのつまみと酒が染み渡り、なんだか細かいことがどうでもよくなり、兄も「母さんのアレは、確かに呪いだな」ぼつりと酒で滑らせた。「だよな」心どころか、魂からの同意がからだに響く。「でもな、たかし、この呪いが消えたら、母さんはどこに消えたんだろう、って思ってしまうから、多分、どっかで後悔するぞ」付け加えられた言葉で、さらに何かで殴られた気になる。
今日、こうして、兄と話さなければ、僕は母親の何かを殺してしまっていたかもしれない。「みさきにはマザコンって言われたわ」幸い、夜陰に紛れて動揺したのは伝わらなかった。
「プロになっても、みさきさんと結婚した?」
精一杯強がって聞いてみる。「うん。だけど、成功し続けていた時よりも、幸せだな。みさきも同じことを言ってた」もう暗闇で顔も見えないけれど、確かに満足が滲み出るほどの言葉に、無性に彼女の顔を見たくなった。会って、話して。携帯を取り出す。
”今から会える? そっちに行く”
例え未来が無くても、せめて次への足場になるよう。「ん? 行くのか」兄が酒を惜しんで缶を振る。ちろりと残った酒の音を聞きながら、僕は「うん。なんにしろきっちりした方が後が良いだろ」なんだか背筋が伸びた。酔っていたけれど。
「武運を祈る」
「それは、別れる、続く、どっち?」
「どちらでも。後悔のない選択なんて、よっぽど何かが酷くないと無いからな」
そう言って兄は結婚指輪を投げ捨てた。「浮気されるような、情けない男にだけは、なるなよ」堰を切ったように泣き始める。


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このストーリーに関するコメント

17/03/20 まー

どう言えばいいのか分かりませんが、全体的に会話の部分と地の部分がそのまま繋がってしまっているような印象を受けてしまいました。余韻に浸ることができないまま次のシーンに切り替わってしまうというか。あくまで個人的な感想なので気にしないでもらえればありがたいです。
食事の描写などは生き生きしていて素晴らしかったです。

17/03/20 くまなか

感想とご指摘、ありがとうございます。幾つか思い当たる点がありますので、次回への参考にさせて頂きます。

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