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藤光さん

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A Whole New World

17/03/18 コンテスト(テーマ):第130回 時空モノガタリ文学賞 【 失敗 】 コメント:4件 藤光 閲覧数:462

時空モノガタリからの選評

結婚に対する価値観、何が成功であり失敗であるのかというのは、人それぞれであり、そうした多様な価値観が安易な結論にまとめずに提示され、なかなか考えさせられる内容でした。コメント欄で指摘されているように、確かに冒頭に状況がわかりづらい部分はありましたが、居酒屋での臨場感のようなものが伝わってくるところが良かったです。家保さんの結婚に対して抱いていた期待は、第一印象としてやや打算的すぎるようにも感じられましたが、よくよく考えれば、自分を含め人の心の中身というのは、実際のところ、こんな単純なもののような気がしてきました。ほとんどの場合それが叶えられるはずもないわけで、自分の思い通りの結婚生活が実現することが成功であるとするなら、家保さんの結婚は確かに失敗なのでしょう。しかし「ぼく」からしてみれば、家保さんがそこから得たものは確かにあるわけで、実際不幸そうには見えなかったわけですね。人間万事塞翁が馬といいますか、何事も本当に失敗かどうかは最後までわからないのだろうなどと、色々考えさせられる内容でした。
 
時空モノガタリK

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「おれのは失敗やったなあ」
「なにがですか」
 先輩が応じるまでもなく、家保さんは話しはじめた。注がれだばかりのビールのグラスにまだ水滴はついていない。
「結婚や、ケッコン」
『よし来』の店内は客の多い割に静かで、間接照明に照らされた打ち放しのコンクリート壁も落ち着いた雰囲気を醸し出している。煮しめたような杉の一枚板の上にグラスが三つ。突き出しはオクラと豆腐の和え物だ。ぼくがここにやってくるのは今月に入って三度目、いや四度目かもしれない。とにかく『よし来』はいい店だ。
 ちびりとビールを舐めるように飲む人は珍しい。顔のパーツがいちいち大ぶりな家保さんは意外なことに下戸だ。
「これから結婚っていう人の前でこう言うのもなんやけど、結婚はあかん」
「そうですか?」
 さっそく一杯目のビールを空けた先輩が右手をあげてみせて新しいグラスを注文した。先輩はうわばみだ。
「そうやで。女が旦那の前でええ顔をするのは、結婚してちょっとまだけや」
 家保さんは『ちょっとま』の部分を強調しながら、またちびりとグラスを舐める。その顔がもううっすらと赤い。
「若いうちは結婚したら美味しい料理を作ってもらえたり、夜には女と飽きるまでセックスできたりすると思い込むもんやけど、嫁はんはジブンの母親やないし、ましてやただでデキる風俗嬢やないんやで」
 声が大きいよ家保さん。あからさまが過ぎて下手に頷けない。ほら、隣席の知らない女性たちがすごい目でこっちを見てる。
「毎日凝った料理を作れるわけもないし、子供ができてしまったら、旦那のことは二の次三の次。これっぽっちの値打ちもないで」
 人差し指と親指で作る円環にわずかな隙間を作って『これっぽっち』をアピールする家保さんの愚痴は止まらない。
「勘違いやったんや。毎朝高いびきの嫁を横目に起き出して、子供の汚れ物の入った洗濯機を回しながら自分の弁当におかずを詰めていると、いやでもそう気付くで」
 とにかく、奥さんがわがままなのだと家保さんは嘆く。
「ゴミ出しはしてくれたの? トイレの掃除はあなたの仕事じゃないの? 父親としてしっかり子供と向き合ってよ……って家にいたら、嫁はおれにあれこれ要求するばっかりや。いやになるで」
 愚痴が長くなりそうなので、先輩がまあまあとなだめにかかる手元には二杯目のグラスが空いている。右手をあげて代わりに三杯目を注文してあげた。
 昨日も家保さんが仕事に疲れて家に帰ると、奥さんは子供とふたりテレビを見て大笑い。夕食を温めてくれる風もない――。仕方がないのでレンジでご飯を温め、ひとりで食べたらしい。
「なんのための結婚やねん」
 グラスのビールはほとんど減っていないにも関わらず、家保さんの目は真っ赤になっていた……。
 電話の着信音。
 着メロは『A Whole New World』。奥さんからだ。スマホをとる。
「もしもし……。うん、終わったよ。……そう? うん……わかった。帰るよ」
 優しげな声音はさっきまでの家保さんではない。通話が切れた。
「嫁が熱あるって。子供を風呂に入れないと」
 誰を憚るのか小さな声でそう告げると、さっさとコートに袖を通して立ち上がった。
 飲んだビールに比べて多すぎる勘定と「ごめんな」という言葉を残して家保さんは『よし来』を去っていった。
「なんだかんだ言ってたけど、奥さんのとこへ帰っちゃったよ」
 へへっと子供じみた笑い声をあげると先輩はグラスを空けた。これは三杯目だったか、四杯目だったっけか。
「もうよした方がよくないですか」
「奥さん、すごい美人なんだ」
 聞いちゃいない。
「幻想があるのさ、奥さんに。期待するから裏切られると腹がたつ。そうだろ」
 わがままなのは、付き合ってた頃から分かってたはずだと先輩は切り捨てる。むしろ、家保さんの方がずっとわがままだったとも。
「自業自得ってやつ。今じゃ奥さんのわがままに振り回されっぱなし」
「あかん」のは結婚じゃなくて、あの人自身さと、先輩は家保さんの結婚生活を勝手に総括してみせた。
 そうだろうか。
 確かに、家保さんは結婚生活に不満があるんだろうし、先輩が言うようにわがままな人だったのかもしれない。でも、会社でのあの人は、細かいことによく気がつくし、人の嫌がる仕事も進んでやってる。今夜のことだって、取引先でミスしたぼくを見てて誘ってくれたんだ。
 わがままだった家保さんが今のように変わったのだとしたら、それはある程度、更にわがままな奥さんのおかげじゃないのかな。
 結婚が失敗――?
 少なくとも、奥さんからの電話を聞いて店を出て行く家保さんの横顔は不幸せそうじゃなかった。家族の待つ家に急ぐお父さんの顔。ぼくは嫌いじゃないな。

 テーブルの上にグラスが三つ――。ふたつは空で、ひとつにはまだビールが残っている。


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このストーリーに関するコメント

17/03/25 ぴっぴ

日常の瞬間を切り取ったストーリーは共感できるテーマでした。私にはリズムがよく苦痛にならない描写が同席しているシンクロ感を生みました。気になったところは冒頭部分で、お店に何人で来ているのかわからなかったところです。『先輩』というと幅の広い言葉になるので、『家保』さんと実名でいくのであれば実名で統一した方が良かったと思います。
ただ、その分家保さんの魅力が全面的に出てくるので『先輩』は敢えて脇役にするスタンスで登場させていると見ました。
男性は情報処理をしてからでないと深入りできないという厄介な生き物なのでこんな捉え方ですが、もし読者が女性ならそのまま客として同席して結婚について白熱の討論会になると思います。

17/03/25 藤光

ぴっぴさま

コメントありがとうございます。冒頭、何人かわからないとのご指摘。なるほどその通りだと思いました。書いている側としては、うっかりして気付かないものですね。よく気をつけるようにします。
今作の家保さんはインパクトの強いキャラとして書きましたが主役というつもりはなくて、あくまで主役は語り手である「ぼく」のつもりでいます。家保さんや先輩の結婚観を「総括」するという役割ですね。何を積極的、肯定的に捉えるかというのは人によって違うというお話でした。

17/04/16 光石七

拝読しました。
居酒屋でのサラリーマンのやりとり、実際にこういう会話ありそうだなと、物語の世界を身近に感じました。
主人公の総括が素晴らしいですね。ほっこりしました。
一点だけ気になったのは、冒頭でしょうか。誰が主役でその場に何人いるのか混乱し、状況を把握するのに少々時間がかかりました。
ですが、三人のキャラクターがしっかり描かれており、それぞれの作中での役割もはっきりしていて、読み進めるうちに引き込まれ、読後感も良かったです。
素敵なお話をありがとうございます!

17/04/22 藤光

光石七さま

コメントありがとうございます。冒頭がわかりにくいというのは気づきませんでした。今度は推敲をきちんとしようと思います。
このお話は分かりやすいことを第一に書きましたので、その点導入で入り込めないのはどうも良くないなと思います。ご指摘ありがとうございました。
読後の印象は悪くなかったようで、よかったです。また、頑張ります。

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