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笹山ナオさん

twitter→ asterism0_toki ブログ『徒然なるままにインドア暮らし』はこちら→http://mihonono.blog.fc2.com/ 自作小説の話以外にも、ゲームの話や雑記も載せています。 SF(サイエンス・ファンタジー)やSF(すこしふしぎ)なんかを書いています。

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真夏の電車の夢

17/03/16 コンテスト(テーマ):第131回 時空モノガタリ文学賞 【 電車 】 コメント:0件 笹山ナオ 閲覧数:224

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 将来の夢は――――だ。
 学校の宿題は「将来の夢」と言う題材で作文を書けというもので、僕は眼を輝かせながら何枚もの原稿用紙に夢を書き連ねた。将来の自分を想像しては顔をほころばせて、無邪気にクスクス笑った。そろそろあいつらが来る頃だろう。僕は鉛筆を学習机の上に放って、家を飛び出した。
 舗装もされていない、砂利道だらけの夏の坂道を自転車で下る。汗で貼りつくシャツの感触を拭うように、快い風を受けながらぐんぐん下る。隣にはふざけ合う仲間たちがいて、嬌声が真っ青な空に響いている。
「宿題終わったー?」
 そう聞く親友に僕は答える。
「もうとっくにやったよ!」「ほんと! じゃあ見せろよ!」「いいけど、ジュースおごりな!」
 親友が僕の肩を小突く、二人で大声をあげて笑う。
 前方は真っすぐな道、そして海、なにも不安などない、何も怖くない、最高に楽しいことが今も、これからも待っている。僕は勢いよくペダルを踏み込む。
     ※
 ジリリリリとけたたましく鳴る時計に掌を打ちつけながら頭を起こす。
 なにか、夢を見ていたような気がする。
 顔を洗ってふと鏡を見ると、そこには顔が映っている。だが、はて、これは誰だろう。酷くやつれて、濃い隈ができている。眼だけがギラギラとしてこちらを見返している。ああ、俺だ。これが今の俺だ。
 家を出て電車に乗り込むと、まるで俺の顔を映したみたいに、一様に疲れた顔たちが出迎える。俺もその中に混じって本を開くが、どうにも読み進めるのが億劫で、すぐ閉じてしまう。何をしているんだろう、この人たちは。俺は。
 一日を無表情のままに過ごし、とっくに日が暮れる頃に、俺はまた帰りの電車に乗る。車両にいる人もまばらだった。ため込んだ疲労感に押しつぶされるまま、俺は背中を丸めて目を閉じた。
     ※
「オレ子供だけで電車乗るの初めて!」
 ボックス席の向かい側に座った友達が、そわそわと窓の外を見やりながら言う。
「僕も」
 そう、僕も。今日は初めて友達とだけで電車に乗るんだ。
 ガシャガシャと乗降口が閉じて、電車がゆっくりと滑り出した。
「うわ! 動いた!」「そりゃ動くよ」「ちょっとだけ窓開けようぜ!」
 仲間たちと一緒に窓に貼りついて、なににでもなく手を振る。
 電車は速度を上げて、窓から吹き込む風が強くなる。電車の揺れにドキドキする。
 まるで旅行にでも行くようで。このまま、どこまでも行けそうで。
「中学校行っても、また遊ぼうぜ」
 窓の外の流れる景色にしばらく騒いだ後で、僕の隣に座る友達が言う。
「当たり前じゃん」
 ここにいる仲間たちの半分とは、中学校が分かれてしまう。
 けれど、それこそ電車を使えばすぐに会いに行ける距離なんだ。
「そういえば」と向かいの友達が言う。
「お前が好きな子も違う中学なんだろ」
「……しらない」
 鼻の奥がツンとして、少し泣きそうになった僕は、窓に顔を向けてごまかした。
     ※
 思い出した。将来の夢は電車の運転士だった。
 次の瞬間には、夢の残像は跡形もなく消えてしまっていた。
 だけどあの、俺の顔。希望と夢をエネルギーにして生きていたような俺の顔。
 頬に涙が伝うのに気づいた。
 給料だとか勤務地だとか、その時の俺にできる範囲で勝手に選択肢を絞って、夢を思い出したころには、好きでもない仕事に就いてしまっていた。いつの間にこんなことになってしまっていたのだろう。高校? 大学? 就職活動? 以前は確かに前に進もうとしていたはずなのに、今はその場で足踏みを続けて妥協している。
 あの子とは、中学校に上がってから数回会っただけで、もう連絡先も知らない。
 自転車で競争したり、電車で騒いだ仲間たちとも長いこと会っていない。
 夢を夢のままにして、あの電車に置いてきてしまった。
 だけど、とてもじゃないが取り戻せる気がしない。今の生活を失うのが怖い。怖いんだ。
「あの、これ、どうぞ」
 女性の声だった。
 視界が涙でぼやけて誰かよくわからないが、ハンカチを差し出してくれている。
 黙ってハンカチを受け取って、目に押し当てると、また涙があふれてくる。
 その間、ハンカチを差し出してくれた女性はずっと俺の前に立っているようで、その気配を感じながらも、涙はとめどなく流れ続けている。懐かしい。そう、懐かしい匂いがする。
 潤む目で女性を見ると、消え失せていたはずのあの子の影や形が彼女と重なった。
 彼女は困ったような、しかし可笑しそうな顔で僕を見ていた。
 隣に腰掛けた彼女の肩に、僕はみっともなく頭を垂れて嗚咽した。それから、何から何まで、あの頃の無邪気な子供に戻ったような自分が思わず笑えてきた。なんだか妙に嬉しくて、そわそわする。不安ばかり、怖いことばかりだ。でも今からでも追いかけられるだろうか?


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