秋 ひのこさん

歯について考える時、右と左がよくわからなくなります。右奥だっけ、左奥だっけ。虫歯が絶対にあると思われるあの場所を伝えるべく「ええと、右です。そして上な気がします」と言ったら先生が「うん、上は上でも左ですよね」とか言う瞬間が恥ずかしいので、虫歯は放置しているような人間です。こんにちは。 

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17/03/15 コンテスト(テーマ):第130回 時空モノガタリ文学賞 【 失敗 】 コメント:4件 秋 ひのこ 閲覧数:635

時空モノガタリからの選評

ストーリー自体はさほど目新しさはないかもしれませんが、手紙の描写など細部の作り込みがうまく、リアリティを感じました。「おふたりの幸せを願っています」と言いながら、結局は恨みの手紙を送ってくるような人、確かにいそうですね。アユオは好意的に見れば、人の感情に鈍感なだけの可能性もありますが、これは女性からしてみれば、無責任以外の何物でもないでしょうね。こうしたボタンの掛け違いというのは、一緒に生活をしていく上では、大きな亀裂につながる可能性がやはり高いと思います。一方早苗は、汐子の手紙を一蹴することなく、彼女の主張にも一定の理解を示し、婚約者の人間性を冷静に見る客観性を備えているために、単なる三角関係のドロドロに終わらずに、ストーリーに深みが生まれていると思います。結婚というのは考えてみれば、なんとも不確かな未来を約束するもので、大きな賭けなのかもしれませんね。

時空モノガタリK

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拝啓
突然の手紙をお許しください。
あなたが近く内田鮎雄さんと結婚すると偶然耳にし、大変驚き、また困惑し、いてもたってもいられず筆をとりました。

アユオさんはあなたに私という存在のことをどれだけ話していたのでしょう。
あなたに「略奪」という自覚がどれほどあったのでしょう。
正直、私には知る由もありません。

単刀直入にお聞きします。
あなたはアユオさんに子供のある未来を提示したのでしょうか?
私が子供を生めないことをアユオさんは百も承知で将来を、それこそ老後まで共に夢見てくれました。
足が悪くてこし餡に目がないアユオさんのお母様も私の味方であり、理解者です。

考えてもみてください。アユオさんはそんな私との生活を、未来をあっさり捨ててさっさとあなたを選んだのです。
お気をつけくださいね。あなたが略奪した私の男は、あなたより魅力的な餌を垂らす釣り人を見つけたら、……この意味、同じ女性ならおわかりですよね。

とはいえ、現時点で勝者はあなたで敗者は私。
私たちの関係と未来が失敗に終わったということは、すなわちあなたが成功したということですが、果たしてそうでしょうか。
この手紙がきっかけで、あなた方の将来もまた、失敗しますように。

なんて、嘘ですよ。
今は心穏やかに、おふたりの幸せを願っています。
それを伝えるべく、この手紙を書いています。今、それに気がつきました。
私はアユオさんなど、もういりません。

それでは、子供はふたり、海が見える二世帯住宅での明るい未来をお祈り申し上げます。

敬具
二階堂汐子

小田早苗様



「これなんだけど」
 早苗が不安の滲む声で昼間受け取った手紙を差し出す。
「アユ君じゃなく私宛てだよ。どうしよう」
 アユオは手紙を素早く一読し、太い息を吐いて顔をこする。
「気にするな。法的には何も問題ないんだし。何も心配せず式のことだけ考えてればいいよ」
 早苗はそれでも恐れに揺れる瞳で、アユオが机に投げた手紙を見つめた。
「怖いね、思い込みって。アユ君は別れたつもりでいたわけでしょ。でも彼女は二年もそうとは思っていなかった。こんなことってあるんだね」
「別れ方を失敗したんだなあ。海外赴任だから付き合い続けるのはもう無理だと俺は思って、相手もそうだと何故か思い込んだんだよ。高校の頃からの付き合いで、阿吽の呼吸、みたいのができてたからさ。言葉にしなくても互いの考えてることがわかるっていう」
「なんか……、すごいね」
「空港でお互い『じゃあ元気で』って別れたし。向こうに行ってからは忙しくてメールも電話も無視に近い形だったし。でも普通わかるだろ。それとも『今日をもって僕らの恋人関係を解消します』とかなんとか言えってのかよ。なあ?」
 机の上には早苗が準備し、披露宴で使う手作りの席札が散らばっている。アユオはそれらから手紙をそっと離し、上に新聞を載せると、さっさと風呂へ向かった。

 早苗はその場に残り、じっと新聞を、その下に隠れた手紙を見下ろす。
 海外のホテルで働いていた時に、赴任で長期滞在していたアユオと出会い、意気投合した。その時、アユオは確かにフリーだった。
 だが。

ソンナ私トノ未来ヲアッサリ捨テテ
アナタヨリ魅力的ナ餌ヲ垂ラス釣リ人ヲ見ツケタラ

 馬鹿馬鹿しいと思う一方で、この女の言うことにも一理ある、と思ってしまうのは何故だろう。
 「察してくれるだろう」で将来を夢見た10年来の恋人関係を終わらせたアユオは、果たして正しいのだろうか。その行為を「失敗」のひと言で済ませるアユオは、何かが欠落している気がしなくもない。
 ストーカーまがいのこの手紙が伝える未知の感触が、次第に胸の内側をざらざらと埋めていくようで気持ちが悪い。
 
 風呂場から「おーい、タオルー」と叫ぶアユオの声がし、早苗ははっとする。
 取り込んだ洗濯物の山からタオルを探しにかかり、ふと、先月行った旅行の土産としてアユオの母に渡した饅頭がつぶ餡だったことを思い出した。アユオに確認したのに、彼は「それでいいんじゃない」と言い、「こし餡の方がいい」とは教えてくえなかった。
 
 考え過ぎだ。
 
 頭をぶんぶん振り、タオルをもって風呂場へ急ぐ。途中、アユオが置いた新聞に再び目がいった。
 これが、この人の問題処理のやり方なのだろうか。
 上から蓋をして見えなくしてしまう。根本的なものは今もそこに、何ら変わらず在り続けるというのに。

 アユオとこの女は結婚していない。だが、早苗とアユオは結婚する。しかも、日曜に。
 失敗したら、それこそ取り返しがつかない。

「早苗? 聞こえた? タオルー」
 せっかちなアユオが再び呼ぶ。
 やだな、マリッジブルーってやつかしら。早苗は目を瞬き、風呂場へと走った。


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このストーリーに関するコメント

17/03/16 まー

手紙の内容、そこから生まれる小さな綻びなど、不安感を煽る描写が巧みだなと思いました。
早苗とアユオの将来が心配です(笑)。

17/03/16 秋 ひのこ

まー様
こんにちは。コメントをありがとうございます!
ほろほろと沸いて出てきた不安は、結婚直前で神経質になっているだけのただのマリッジブルー……だとよいのですが(苦笑)。
お題の「失敗」を、「失敗した(過去完結)」ではなく、「失敗するかもしれない(未来)」として書いてみました。

17/04/14 光石七

拝読しました。
手紙から結婚への不安が募っていく様子にリアリティがありました。
ただのマリッジブルーであればいいのですが、はたして……?
汐子がどういう意図でこの手紙を書いたのかも勘ぐってしまい、つい深読みしそうになります。
描写の巧みさに感嘆しました。
素晴らしい作品をありがとうございます!

17/04/16 秋 ひのこ

光石七さま
こんにちは。コメントをありがとうございます。
元々汐子を幸せをおびやかす完全な悪者にするつもりで書こうとしたのですが、段々「いや待て、汐子だけが悪じゃないじゃないか、アユオだってたいがい酷い人間じゃないか」となり、転がるような不安を描くに至りました。
わたしが女性だからでしょうか、ちょっと女性寄りになっています(苦笑)。
感想をありがとうございました! とても嬉しかったです。

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