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笹峰霧子さん

今年は投稿できるテーマがあればいいな。

性別 女性
将来の夢 認知症にならず最後まで自分で歩けること
座右の銘 自分の意思は伝える 物腰は丁寧に

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汽車の時代を経て電車へ

17/03/14 コンテスト(テーマ):第131回 時空モノガタリ文学賞 【 電車 】 コメント:0件 笹峰霧子 閲覧数:249

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 私は現在地元でレールの上を走っている乗り物を電車と呼ぶことに抵抗を感じ、かつ照れくさいという思いを持っている。なぜなら物心ついた時点で乗っていたものは汽車という名前でインプットされているからです。汽車を電車と呼ぶようになったのはいつ頃なのか定かではありません。
 汽車には沢山の思い出があるけれど電車は都会を走る交通機関として理解してきたので、大人になるまで滅多に行かない都会の電車は他所様の乗り物と思ってしまうのです。
 
 電車に視点を当てるとすれば、都会に行ったとき乗った電車は座席が対面式で、吊革があり汽車とは異なっています。
 一番身近な電車はわが町から95キロ先の松山市に路面電車があってこれは現在でも同じです。この電車は最近では「坊ちゃん列車」として観光の一環を担うほどの脚光を浴びています。

 現在私の住む駅から松山、更に岡山までの在来線が電車と呼ばれるようになったのはいつごろからか電化されたということでしょう。
私はそのころ小学生で、一駅先まで汽車に乗ってピアノを習いに行っていました。
 汽車は石炭を燃料として稼働されていたので、運転席の横では機関手がせっせと赤い炎が燃えている中に石炭をスコップで放り込むのは当たり前の情景でした。
 汽車と電車では車両の形も大いに違います。汽車には車内に上がる段が付いていて車体もどっしりしていました。
 窓の開閉ができたのでトンネルを抜けると窓を開けて外を覗くというような、今では考えられないことができたのです。映画の別れのシーンで窓に乗り出して手を振る姿は昔の日本映画では見られます。同じようなことを私もした記憶があります。
 一番嫌だったのは窓を閉め忘れて車内に石炭の粉が入りそれが目の中に入ることでした。涙が出るほど痛かったもんです。随分野蛮な乗り物だと思いますが、今ではSLは貴重な遺物とされ人気物となっています。


 今は瀬戸大橋を通って岡山駅まで電車が走っていますが、そのころは四国と本州は海で隔てられていました。本州まで渡るには宇高連絡船という船に乗らなければなりませんでした。四国を走る汽車を下りて連絡船に乗り、船が本州へ着くと汽車まで走って走って乗り込んだそうです。
 随分昔の話になりますが、私の母は汽車や連絡船に乗って東京の学校へ行きました。六年間の学生生活の後大阪で就職したので連絡船にはかなりの頻度で乗っていたと思われます。
 
 現代の人はマナーがあり、トイレに並ぶのも入口で待って、順番に空いたトイレに入ることが当たり前になっています。
 戦後の混乱した世の中をドラマで見ることがあります。その中で人々が物を奪い合うあさましい姿をむき出しにしていますが、それと同じように我先に乗りたいというそういう時代だったのでしょう。文明が発達し世の中が平和になった現代社会の中でそのような行為をしたひには顰蹙を買ってしまいます。
 レディーファーストという言葉があって、ヨーロッパやアメリカではそういうことが日常的だと聞いてきましたが、そのことは日本ではまだ輸入されていない気がします。特に在来線に乗るとたまに横柄な高齢の男性が傍若無人な態度をしているさまを目にすることがあります。

 そういう汽車の思い出が尽きない時代を経て、今、電車に乗って、私はこの十年あまり神戸へ行き来してきました。汽車には特急はなかったけれど、電車はスピードの差が違う電車が色々あります。
 
 私が乗る電車は特急ですが岡山駅からは新幹線に乗り換えます。新幹線もひかりかこだまに乗ります。超スピードののぞみに乗ればかなり早く東京へも行けますが私は乗ったことがありません。娘が東北へ嫁いでいるとき電車に乗りましたが、あのときはどの新幹線に乗ったのでしょう、多分のぞみではなかったと思います。ひかりとのぞみでは東京までの時間がかなり違います。

 私は60歳になってからジパングの会員になっているので全国の在来線は三割引きになります。残念なことにこの会員手帖ではのぞみには乗れないことになっています。この先電車で関東以北へ行くことはないだろうと思っているので良いのです。
 奈良や京都には神戸から時々車で連れて行ってもらいます。交通機関の進歩と共に高速道もかなり広範囲に整備されています。長期の休みには公的な交通機関を利用するほかに、自家用車で移動する人達も多くなりました。

 娘や孫が神戸から帰って来るとき今までは電車を利用していましたが、最近は車で帰るようになりました。プードルも一緒だからです。これから先生活形態が変化するにつれて乗り物も変わって行くことでしょう。将来はどんな乗り物に変わっているのか楽しみなことです。


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