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W・アーム・スープレックスさん

性別 男性
将来の夢
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遅れた理由

17/03/14 コンテスト(テーマ):第131回 時空モノガタリ文学賞 【 電車 】 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:330

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 この大事件のきっかけは、ほんの些細なことだった。
 就職した会社に出勤するため僕はその朝、駅で電車をまっていた。
 はじめての会社勤めとあって、ちょっぴり僕はハイになっていた。
 やがて、駅に電車が入ってきた。一番後ろにいた僕は、これから毎日お世話になるそのシルバーグレーの車体を、まじまじとながめた。
 電車は停まり、車掌室から車掌が頭をつきだした。美貌の女性車掌だった。僕はおもわず、その制服姿も凛々しい女性に目を奪われた。
 その瞬間、なぜか電車そのものが、僕の方に顔をむけたような、ばかげた幻想にとらわれた。開いたドアの前で、たちつくす僕を、車掌がといかけるような目でながめた。あわてて僕は車内に入りこんだ。
 車内で僕は、たえず誰かにみつめられているような気がしてならず、あたりの乗客をしきりにみまわしているあいだに、早くも電車は僕のおりる駅に到着した。
 数人の乗客たちとともに駅におりたった僕が、改札口につづく通路に足を踏み出したときだった、―――背後で人々の悲鳴がおこるのと同時に、地響きが轟き、なにごとかとふりかえった僕の目に、ホームをのりこえてくる電車の車体が飛び込んできた。それはいま僕が乗ってきた電車にまちがいなかった。
 脱線して、勢い余ってプラットホームに乗り上がったのだろうか。てっきりそう思った僕だが、電車はそのまま通路と階段をのりこえてこちらの改札口にまで、売店や柱を片端からぶちこわしながらなおも突き進んでくるではないか。
 僕は自動改札口に定期をとおすのも忘れて突破すると、一目散に外の道路にかけだしていった。
 ふりかえっても、ふりかえっても、電車は僕のあとを追いかけてくる。電車が、ひとりこの僕めがけて突き進んでくるのはいまでは明白だった。僕が路地に入れば電車も路地に、公園をぬければ電車も公園にのりこんできた。
 運転席にはすでに運転士の姿はなかった。電車は無人で走っている。
 夢中でかけつづける僕はとうとうひとつ先の駅までやってきた。駅前は広いロータリーになっていて、ぼくがそのロータリーを闇雲にまわりだしたのは、すでにそのときの僕は、常識では割り切れないこの出来事のために、まともな判断がつかなくなっていたからにほかならない。
 あとからきた電車もまた、僕のあとを追っておなじところを、ぐるぐるまわりはじめた。
 追われる僕の目の前に、最後尾の車両がちかづいてきた。そこの窓から、こちらにむかって手をふるものがいた。みると、あの女性車掌で、運転士はさっさと逃げ出たしたというのに、彼女はいまなお電車を捨てずにがんばっているらしかった。
「あなたが色目をつかったものだから、電車がその気になってあなたを追いかけだしたのよ」
 車輪が路面をこする軋轢音にまじって、辛うじて彼女の声がききとれた。
 するとなにか、あのときの僕が彼女に投げかけた秋波を、自分にむけられたと勘ちがいした電車の、これはストーカー行為だというのか。車掌はつづけて、こういった。
「あなた、電車の恋心を、ほかにむけないかぎり、どこに逃げても、ふり切れないと思って」
 その言葉は僕に、あるヒントをあたえた。
 僕はロータリーから離れると、すぐちかくを走る、他の電鉄の駅をめざした。
 かけながらも僕は、いつ電車に追いつかれないものかと、気が気ではなかった。つかまったら最後、あの鋼鉄の体で愛撫されて………。考えるだけで身の毛がよだった。
 ようやく駅の建物がみえだしたころには、僕はもうほんうとうに、息も絶え絶えのありさまだった。
「切符を」
 入り口の改札口を飛びこえて入った僕に、駅窓口からよびとめる係員の声も、たちまち電車の轟音にかきけされた。
 僕は最後の力をふりしぼって、階段をあがり、停車中の電車のそばまでかけつけた。―――黒光りする車体、頭上にそびえるパンタグラフはさながら、力こぶにふくらむ男の剛腕に似た。僕がこの駅まで力のかぎりかけつづけたのも、この男性的魅力にみちた電車が頭にあったからだ。
 僕を追いかけてきた電車はいま階段をあがりきり、プラットホームにその車体をのりいれざま、ゴォッとこちらに突進してきたが、いきなりけたたましいブレーキ音をたてて急停止した。
 案の定電車は、駅に停車しているもうひとつの電車にひと目で魅了されたようだった。前部の車体をもたげ、相手の車両に愛しげに頬ずりしはじめた。相手の電車も、まんざらでもないといったふうに、それをうけている。やっぱり電車は電車同士だと、僕は二台の電車がみせる愛くるしいふるまいみて、安堵に胸をなでおろした。
 さあ、これから会社にいそがねば。
 僕ははじめての就職先に向って、足早にあるきだした。
 遅延証明書をもらっておけばよかったと後悔したのは、会社に遅れて到着したあとのことだった。


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