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七瀬さん

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夜光列車

17/03/13 コンテスト(テーマ):第131回 時空モノガタリ文学賞 【 電車 】 コメント:0件 七瀬 閲覧数:327

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「次の列車が、きっと今年最後の夜光列車になるだろうけど、君は乗るのかい」
 駅の待合室でぼーっとしていると、駅員さんからそう尋ねられた。もうすっかり夜も更けてしまって、部屋の中には私しかいなくなっていた。時計を見て、それから時刻表に目を移す。終電はすでに行ってしまっていた。
「今年最後の、ですか」
「ああ、天気予報によると、明日からずっと曇りか雨の日が続くらしい。さて、どうするんだ。儂もそろそろ帰らねばならん。乗るんなら、切符を出してくるけど」
 どうしよう、と少しだけ迷ってから、終電も無くなってしまって行く当てもないのだし、私には乗る以外の選択肢が残されていないという事に気が付いた。駅員さんが帰ってしまったら、きっとこの待合室は締め切られてしまう。そうなると、私は寒空の下で星たちと一緒に朝を待たなければならないのだろう。
「すみません、乗ります」
 そう応えると、駅員さんは渋々と事務室の中へと入っていった。しばらくして、小さな切符を片手に戻ってくる。私は財布からいくらかの小銭を取り出し、駅員さんへと渡した。
「それじゃあ、儂はもう帰るから、駅のホームにある待合室まで移動してもらえるかな。ここは鍵をかけないといけないからね」
 言われた通り、私は向かい側のホームにある小さな待合室の、いくつか並んだ小さな椅子に一人腰かけた。空にはところどころに暗い雲が浮かんでいて、風に運ばれては月や星を隠していく。それと同時に、駅構内の灯りがすべて落とされた。
 一人で暗い所にいると、考えが次から次へと浮かんできた。家族の事や元恋人の事、友達の事、ペットの犬の事、とりとめのない映像が頭の中で切り替わっていく。その記憶は、私の心の底に暗い影を沈ませる。それらすべてが煩わしくなって、どこか遠い所に行こうと思って駅まで来たのに、結局終電まで私は行先を見つける事ができなかった。もし駅員さんが夜光列車の事を教えてくれなかったら、きっと私はまたどこにも行けない、ただの小さな人間のままだったに違いない。駅員さんに感謝しないといけないな、そう思った。
 ぼんやりとそんなことを考えていたら、気が付けば空からは重苦しい雲が消え去っていた。その代わりに、無限にちりばめられた星たちが浮かんでいる。夜の空の美しさは、本当にいつ見ても飲み込まれそうだなと思った。よく人は自然の大きさに自らの矮小さを見出しているけれども、星空ほどそれを実感させられるものは無いと思う。ひんやりとした空気も、どこまでも続く真っ黒な世界も、無限に広がっていく宇宙も、そのどれもが私よりはるかに大きくて、強大で、優しい。一口で飲まれてしまう圧倒的な感触を、私は空を見る度にいつも感じさせられている。
 あとは月さえ出てくれれば、完璧な夜空の出来上がりだった。そこだけ、まだ少しだけ、重苦しい雲がかかっている。もうちょっと動いてくれれば、月が顔を覗かせてくれるはずなのに。私はじっと、月が浮かんでいる辺りを見つめ続けた。
 ようやく風が雲を動かし始めると、ゆっくりと月が顔を覗かせてくる。ついに美しい夜空が完成すると思うと、私の心は自然と踊り出した。はやく、はやく、声を出さずに私は風を急かす。頬に張り付く寒さも気にせず、私は月を待ち望んだ。
 ようやく月が全部見えた頃、目の前の空から雲が無くなった。代わりに、色とりどりの無数の光が、一番大きな月の光を囲むようにして私の世界に降り注いできた。それはまるで晴れた日の川底にいるような、木漏れ日の中でふと顔を上げた時のような、美しくもか細い光が私を包み込んだ。その輝きに圧倒されながら空を見続ける。きらり、と流れ星がいくつか落ちていく。願い事をしなくても私の心は幸福で満たされていた。もう、何も欲しいものなんてないのだと思わせられるほどの輝きを、全身で感じていた。
 その光に混ざりながら、一つの黒い点がこちらに向かって進んでくる。少しずつ大きくなって、時折汽笛を鳴らすその影が、私を乗せる夜光列車なのだとわかった。
 私は切符をもう一度確認して、その列車の到着を待った。目的地までどれくらい時間がかかるのか、どういう道筋をたどっていくのか、全てがわからないでいたからこそ、私の胸は高鳴って、列車が着くまでの時間を無限に感じてしまう。右手の中で『緑ヶ丘駅→月』と書かれた切符が、私の体温でひっそりと温められていく。


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